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「ドロップキック」

 いつも通りの寮の一室、コタツの上。
「やっぱり、基本が大事だよね!」
 眠っているノエルと眠たそうな美月を完全に無視して、今日も元気な相羽が大声を上げた。
 ノエルに負けたことで、もう一度初心に返ってやり直そうという話らしい。
「はあ」
 珍しくコタツの中で微睡んでいた美月が不機嫌そうに流しても、相羽は全く意に介したりしない。
「プロレスラーの基本といえば、ドロップキック!」
(そうかなあ)
 なんだか腑に落ちない部分を感じつつも、美月は諦めて話に乗ってやることにした。


「と言っても、和希さんドロップキックだけは綺麗じゃないですか」
「うん、よく言われるよ。“だけ”ってところも含めて……」
 実際、相羽のドロップキックは定評があった。
 ロープへ振った相手にカウンターで決めるシンプルな形ながら、非常に打点が高く、相手の胸板ではなく必ず顔面に決める。
 若手らしい思い切りの良さが現れた、現在の相羽を象徴するような攻撃である。
「他には……って、いちいち上げてたらキリがありませんから、分けて考えましょう。
 まずは和希さんのような“その場飛び”の形」
「例えば祐希子さんのとか?」
「そうそう、いわゆる『ドロップサルト』」
 祐希子がたまに見せるドロップキックはかなり特殊で、両足を横に揃えて相手を蹴ったあと、
 空中で仰向けになった姿勢から後方に宙返りして体の前面からマットに落ちる。
 ちょうどドロップキックしながらムーンサルトするような形だ。
「うまく説明できませんが、個人的にはジョーカーレディが好きですね」
「あ、なんとなくわかるかな」
 両足が揃わず形は決して綺麗とは言えないながら、ここぞという場面で素早く繰り出すのがジョーカーレディ。
 メキシコでの経験からくるものか、その粗さが逆に魅力的でもある。
「他には……と、ここで何故か内田さんが思い浮かんだんですが」
「ボクは上戸さんが……。うう、思い出すだけでお腹イタイ……」
 本人達は特に意識していないのだろうが、ジューシーペアは二人ともドロップキックを有効な繋ぎ技として使っている。
 まずタッグマッチで上戸が相手をキャメルクラッチに捕らえたところへ、その動けない相手の顔面目掛け、
 内田が助走付きの正面飛びドロップキックで飛んでくる連携。
 単純な動きながら、ロープ間を何度も往復するなどして観客を引きつける技術は内田ならではのもの。
 無防備な相手の顔面を蹴りにいく内田は非常に楽しそうである。
 一方上戸のドロップキックは、助走をつけて相手のどてっ腹を両足で蹴るというもの。
 しかし、あの体格に勢いを乗せて繰り出される一発の威力は尋常ではなく、
 相羽はリング中央から一気にコーナーポストまで吹き飛ばされた経験があった。
「そういえば、美月ちゃんも使ってなかったっけ?」
「低空ドロップキックなら。まだまだモノにしたとは言えませんが」
 相手の膝を狙っての低空ドロップキックは、美月たち軽量級が大型選手を相手にする際の定番だ。
 また、真鍋などは倒れている相手の顔面へ滑り込むようにして放つこともある。
「さて次はコーナーから飛ぶタイプ、いわゆる『ミサイルキック』です。これも各人それぞれに味がありますね」
「意外なところだと六角先輩が得意なんだよね」
 ベースのスタイルに似合わず、六角がたまに見せるミサイルキックは全身を真っ直ぐに伸ばして華麗に決まる。
 一説によればこの技は、六角がスター候補だった時代の名残だという。
「いや、意外と言えばみぎりさんですよ。まさかあの身長で飛ぶだなんて……」
「あれは絶対に食らいたくないよね……」
 みぎりがコーナーから飛んだ光景には、その場にいた全員が目を見張って呆気に取られた。
 それでも当の本人にとっては何でも無いことのようで、
 正面飛びで両足を揃えた形のミサイルキックを軽々と決めて見せたのだった。
「あとビックリしたのはディアナちゃんかなあ」
「う~ん、私たちとは体のバネが違うんでしょうね」
 ディアナのドロップキックはとにかく滞空時間の長さが群を抜いている。
 真上に高々と飛び上がり、縮めた体を落下の勢いに乗せて精一杯伸ばす様子は、
 遠目にも躍動感が伝わって非常に人気が高い。
「バネと言えば真帆先輩のアレも凄いよね」
「『コーナー・トゥ・コーナー』というやつですね。あの人はもう何でもアリじゃないでしょうか」
 真帆の場合はディアナと違ってその飛距離に優れる。
 圧巻なのは、コーナー下に座り込んだ相手へ隣のコーナーから飛んでのドロップキック。
 コーナー間を丸々射程に収めたのは真帆が最初であった。
 後に小早川もアレンジした形でのコーナー間飛行を成し遂げ、
 真帆とのタッグでは左右の隣接するコーナーから中心の標的へ同時に飛んだこともある。
「最後はスワンダイブ式ですか。これは流石にそれほど使う人が多くありません」
「真田先輩ぐらい?」
 やや意外だが、真田はこの技を綺麗に使いこなしていたりする。
 後頭部を狙ったエグイ一発は、確実に試合の流れを変えてしまう。
「あと、さっきも出た内田さんなんかはスワンダイブ式でも膝を狙ってきたりします。
 とはいえ、何と言ってもこの技はRIKKAさんでしょう」
「無影蹴だね。あの技だけは他の人がいくら頑張っても真似できない気がする」
 RIIKKAの場合、スワンダイブ式というより三角飛び式と言う方がずっと正確だろう。
 リング内から勢いをつけてトップロープに飛びつくと、マットと水平になるような角度でロープの反動を両足に受け、
 そのまま反転して強烈なミサイルキックを放つのだが、これを避けられた時には反対側のロープで反動をつけて、
 一度目と同じ動きでまた飛んでくるのである。
 ここまで来ると、身体能力とか平衡感覚とか、そういう些末な問題では無いような気がしてくる。
「それと最後に一つ、どこにも分類できないドロップキックがありました」
「あ、この前鳴瀬さんがやってたやつ?」
「そうです。ドロップキック・スイシーダとでも言うんですかね」
 鳴瀬が最近編み出した動きは、トップロープを飛び越えて場外の相手へのドロップキック。
 着地が非常に難しく、使用する方の危険度はかなり高い。
 それでも平然と飛んでしまうあたり、鳴瀬のバックグラウンドが現れているのかも知れない。


「……とまあ、大体こんな感じですか」
「う~ん……」
「自分で言ってたように、初心を大事にすればいいんですよ。他人の真似なんてしなくても」
 相羽にはそう言いつつも、内心は美月の方も考えることが多かった。
(飛び技も考える必要があるのかな)
 苦手分野ではあったが、相羽以上に体格に恵まれない美月としては、
 それを補うに果たして技術だけで足りるかどうか、不安になることもあるのだった。

by right-o | 2009-12-30 22:06 | 書き物