「蛍光灯200本デスマッチ」 ライラ神威VS越後しのぶ

+技「リバースタイガードライバー」

 この日のメインイベントを前にして、後楽園ホールは異様な雰囲気に包まれていた。
 リング上、東西南北の四面に張られているロープの内の南面と北面を、
 縦を向いた蛍光灯が隙間無く埋め尽くしているのだ。
 加えて各コーナーの下には数十本の束になった蛍光灯が置かれている。
 これまで多くの凄惨な試合を戦ってきた越後とライラの二人が、ついに行き着いた結果だった。
(ここまで来たか……)
 回を重ねる度により過激な試合を期待し続け、この状況を作った原因でもある満員の観客達でさえ、
 リング上の光景を見てそう思わずにはいられなかった。

『ウォー……オオオー……オオオーォォォォォォ……!!!』
 腹に響く叫び声から始まる曲がかかると、会場は一斉にライラの名前を呼ぶ声で埋め尽くされる。
「クックックック……」
 マスクの下をさも嬉しそうに歪ませながら、1mを越える長さの蛍光灯束を両手に抱えたライラ神威が姿を現した。
 リングの様子にも怯むことなくロープをくぐると、持参した蛍光灯束を青コーナーに立て掛け、
 待ちきれない様子で赤コーナーの向こう側へ視線を送る。
「オラ、さっさと出て来いよ……!」
 その真っ赤な両目は、誰がどう見てもマトモな人間のものではなかった。
「……押忍ッ!!」
 対してその後に入場してきた越後も、ロープへ並んだ蛍光灯を恐れることなく、
 一つ自分へ気合をかけてリングへ上がった。
 この日は、普段上着しか着ない白ランの上下に、サラシ一枚巻いただけの特別仕様である。
『ゴング!』
 中央で対峙した両者の横で、この試合のための厚い手袋を着けたレフェリーが、開始の合図を要求した。

「「ふんっ」」
 誰もが初めて経験する試合の幕開けは、意外にも基本通りのロックアップから始まった。
 しばしの均衡状態から体格でやや勝るライラが押し込み、越後の背中がロープの北面に並んだ蛍光灯に近づく。
「おっ……と!」
 誰もが息を呑んで見守る中、どうにか越後が押し戻した。
 一旦両手を解いて距離を取ると、互いに目線を合わせて出方をうかがいながら、
 リングの中央を挟んでぐるりと大きな円を描く。
「シッ」
 この緊張を、越後の強烈なローキックが破った。
 続けて二発三発と連打して怯ませたところで、ライラの手を取って南面のロープへ振ろうと試みる。
 これを一歩目で踏みとどまったライラが、後ろに立つ越後へ肘を叩き込んでヘッドロックに捉えたが、
 越後は頭を絞められた体勢のままで一気にロープまで押し込んだ。
 ライラの体とロープの間に挟まれ、押し潰された蛍光灯数本が一斉に破裂すると、客席が大きくどよめいた。
 同時に白い細かな破片が飛び散り、マットの上に散乱する。
「うぁ……ッ!!」
 体を蛍光灯に押しつけられたライラが、痛みのために両膝をついた。
 すかさず越後が左手でロープから蛍光灯を取り外してライラの胸板へあてがう。
「おおおおっ!」
 右足で蛍光灯を割りながらライラを蹴り倒し、破片が舞う中でこの試合最初のフォールへ。
 これを1で跳ね返した時、ライラの露出した肩と太股からは、既にいくつかの小さな赤い筋が滴ってきていた。

「一気にいくぞっ!!」
 まず優位に立った越後は、宣言どおり序盤から一気に畳み掛けていく。
 起こしてコーナーに振ったライラに対して、その傍のロープから蛍光灯を抜き取ってはそれを体にあてがい、
 次々とミドルキックで蹴り割った。
 その度に蛍光灯が飛び散り、いくつかの破片が白い肌に食い込む。
 まだ大きな傷こそ無いものの、ライラの露出した部分が徐々に赤く染まっていった。
 しかし、調子に乗った越後が数本を一度に取って向き直った瞬間、逆にライラが蹴りを返す。
 体の前に持っていた蛍光灯を一気に破裂し、今度は越後の肌を傷つけた。
 不意を突かれて怯んだ越後の額へ、ライラは三本の蛍光灯を横にして押し当て、それへ向かって躊躇の無いヘッドバット。
「うッ!?」
「おらぁッ!!」
 自分の頭で蛍光灯を割ったライラは、さらに越後の胴へ組み付くと、
 無傷を保っていた南面の蛍光灯へ勢いをつけて押し込んだ。
 越後は背中で十数本の蛍光灯を一度に押し潰し、白ランの所々に赤い染みを作った。

 ほぼ一進一退の攻防が続く内、ロープに並んだ蛍光灯も残りわずかになり、
 勝負は二十本ほどが一つに纏められた蛍光灯の束を使った攻撃にかかってきた。
 束は各コーナーの下に一つずつと、ライラが持ち込んだ分を合わせて五つ。
 これをまず先に越後が手に取った。
「このぉッ!!」
 蛍光灯の無い西面のロープへ飛ばしたライラが跳ね返って来たところへ、両手で持った束をフルスイングで叩きつける。
 まるで小さな爆発が起こったような音と白い煙が舞う中、さらに越後はもう一束を掴んだ。
「決めるぞッ!!」
 破片だらけのマットへ蛍光灯の束を設置すると、越後は上の白ランを脱ぎ捨てて気合を入れ、
 ライラを引き起こしてパワーボムの体勢へ。
 これで叩きつけて一気の幕引きを狙ったが、ライラは堪えた。
「ウオォォォォォォォ……ッ!!」
 逆に背中越しにリバーススープレックスで投げ捨てられ、むき出しの背中で束の上へ落下。
「うあぁぁぁぁ……っ!?」
 サラシを巻いただけの背中が真っ赤に染まり、綺麗に割り切れなかった蛍光灯の断面がいくつか深い溝を残した。
 破裂した時は見た目の派手さほどダメージを残さないが、蛍光灯で危険なのはこういった場合の裂傷である。
「くぅ……!」
 歯を食いしばって立ち上がった越後の脳天へ、すかさずライラによって三つ目の束が振り下ろされた。
 まともに食らった越後は、しかしよろめきを一歩目で踏み堪える。
「うおおおおおお!!!」
 大ダメージを与えたと見て油断したライラの頭へハイキック一閃。
 ふらついたライラの足を刈って尻餅をつかせると、四つ目の束を右の側頭部に立て掛ける。
 バンッ、というこの試合一番の快音とともに、助走をつけた越後のローキックが束ごとライラの頭を薙いだ。
 この時とっさに顔を反対側へ反らそうとして蛍光灯と頭の間に隙間ができたの災いし、
 カウント3ギリギリで肩を上げたライラがむくりと起き上がった時、その右顔面には殺到した破片がいくつも生えていた。
「オオオオオオオ!!!」
「おおおおおおお!!!」
 それでも立ち上がったライラと越後は、リングの中央で額をつけて吼え合ったあと、同時に頭を引いて叩きつけた。
 頭蓋骨同士がぶつかる鈍い音に続いて、血しぶきが飛ぶ。
 三度繰り返された頭突きの打ち合いは、ライラが制した。
 そのまま越後の下に潜り込んで肩の上に担ぎ上げ、もはや一面が破片だらけの凶器と化したマットの上へ地獄落とし。
「ヒャハハハハハハハハハハハ!!!」
 奇声を上げながら、ライラは半分に割れた蛍光灯の断面を自分の胸板にあて、衣装の上から横一文字に引き裂いた。
 いよいよ狂気を増したライラの姿に、観客はテレビで放送できない過激な声援で応える。
 最後に残った束をリングの真ん中に置き、ライラは越後を引き起こした。
 タイガードライバーの体勢で相手を持ち上げ、そのまま前へ開脚しながら尻餅をつく。
 勢い相手は背中からではなく体の正面から叩きつけられることになる。
 越後の顔が、丁度束の真ん中へ突っ込んだように見えた。


「痛ってぇ……」
 試合後、ライラと越後は並んで治療を受けていた。
「てめぇ、次はマジで殺すからな。人の顔こんなにしやがって……」
「はいはい。いつも手加減ありがとうございます」
 頬からガラス片を引き抜きながら毒づくライラに対し、越後はさらりと受ける。
 その顔は傷ついているものの、ライラよりはよほど軽傷だった。
「ケッ」
 どちらかがその気なら、先程の試合中だけで何十回となく死んでいる。
 これだけ無茶な試合ができるということは、それだけお互いを信頼しているということであった。

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by right-o | 2009-12-13 21:44 | 書き物