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「ウォールズ・オブ・ジェリコ」「クリップラー・クロスフェイス」 六角葉月VS中森あずみ

 リング上、向かい合う両者には共通点が多かった。
 ともに関節技に抜群の技術を持ちながら、それでいて他の分野も器用にこなし、
 誰とでも試合を作ることができる試合巧者ぶりは、どこか職人気質のようなものを感じさせる。
 さらに申し分の無い体格と容姿まで兼ね備えた二人は、レスラーとして完璧と言っていいかも知れない。
 ただ一点、“華”の有無ということだけが、この二人の歩く道筋を区別していた。
 片や、初めからスターになるべくして日の当たる道を用意されていた六角葉月と、
 目立たない存在から実力で六角と肩を並べる扱いを勝ち取った中森あずみ。
 因縁というほど明確なものでは無いにしても、二人は互いの存在を意識していた。


「っ!」
 ゴングと同時に、どちらからともなくロックアップで組み合う。
 そのまま膝をつき、目まぐるしい勢いでバックの取り合い。
 これを制した六角が中森の背中で半回転してフロントネックロックにいけば、
 自分の首に回った手を取って即座に捻り上げ、中森が切り返す。
 テクニシャン同士ならではの息詰まる攻防ではあったが、長く続けても埒が明かない。
 再度組み合った姿勢から立ち上がったところで、六角が中森を両手で突き放して間合いを空けた。
「そらッ」
 バチッ、と乾いた音を立て、六角の逆水平が中森の胸板を打った。
 対して、
「ふんっ」
 中森は躊躇無く拳を引き、六角の頬を殴りつけた。
 技術よりも荒々しさを感じさせるショートフックだったが、別段六角を憎んでの攻撃ではなく、いつものことである。
 リングの仕事人にとって、レフェリーが見逃す程度なら反則も技術の内。
 この辺り、二人のレスラーの成り立ちの違いが出ていた。

 どこを取ってもほぼ互角の両者だが、だからこそ戦っていく内にスタイルの違いが少しずつ際立っていった。
 飛び技も織り交ぜながら華麗に戦う六角に対し、中森はどちらかというと力攻めを好み、魅せる要素が少ない。
 その辺りの微妙な違いが逆に噛み合って、戦いは一進一退の好試合となっていった。
「おりゃっ!」
 走り込んできた中森へ、六角のニーリフトがカウンターで決まる。
 鳩尾に膝頭が突き刺さり、中森は一瞬呼吸を失った。
「これは、ちょっと痛いぜ!」
 前のめりになった中森の両腕を頭の上で組み、ダブルアームスープレックスの体勢。
 しかし六角は、背後に投げ捨てると見せかけて頂点で腕を放し、立てた自分の膝の上へ中森の背中を叩きつけた。
 ダブルアーム式のバックブリーカーという、珍しい動きである。
「ぐッ……!」 
 また別の痛みで呼吸を失ってうつぶせに倒れた中森の両足を、上を跨いだ六角が一本ずつ抱え上げた。
「そらっ!!」
 通常の逆エビ固めの体勢から腰を落とすことなく立ち上がり、中森の両足を抱えたままで中森の頭の上を跨ぐ形。
 自然、中森は顎の辺りがマットに引っ掛かるようにして逆さまになり、
 足を後ろに引っ張られることで、腰を中心に体を背中側に折り畳まれるような格好になる。
「くぅ……!!」
 超高角度の逆エビ固め。
 地味な痛め技を、六角が自己流にアレンジした得意の決め技であった。
「ギブアップだよ!」
 膝を抱え込むようにしてさらに角度をつけ、六角が極めに入る。
 が、この動作が逆に中森へ脱出を許した。
「誰が……!」
 顔をマットにつけて大きく反り返った姿勢から、引っ掛かっている頭を前に出すことで技を抜けたのである。
 痛めた背中に大きな負担をかけながら、中森はどうにかギブアップを免れた。
「ちっ、しぶといねッ!」
 とはいえかなり消耗した中森に対し、六角はすかさず追撃をかける。
 文字通りロープに飛んだ六角はセカンドロープを両足で蹴り、
 リング中央に横たわる中森に向かって低空のムーンサルトプレス。
 金色の髪が綺麗な軌跡を描いたが、これは中森に転がって避けられた。
「おっと」
 と、普通ならべたりとマットの上へ墜落するところで、六角は器用に両足を畳んで着地を決める。
 非凡な運動神経のなせる技だが、今回はそれが災いした。
 逆転の機会を伺っていた中森は、ここまで読んでいたのである。
「なっ!?」
 着地の衝撃に備えて縮めた体を伸ばすよりも、素早く立ち上がった中森が組みつく方が早かった。
 うつ伏せに引き倒した六角の右腕を両足で挟みこみ、組んだ両手を顔の前に引っ掛けて思いきり背中を反らす。
 クロスフェイスと呼ばれる中森の必殺技だった。
「……!!」
「諦めろッ!」
 顔、首、肩を極めるこの技にかかっては、悲鳴すら上げさせてもらえない。
 それでも、六角は左手を前に出し、ロープを求めてわずかずつ前進して行く。
「だったら……!!」
 だが、中森は一瞬腕を緩めると、組んだ両手を六角の首の下に捻じ込んだ。
 そこから手加減無しに力を込め、首を背中側へねじ切るような勢いで締めあげる。
 呼吸を止められた六角の動きが完全に止まり、前へ突き出されていた左手も、マットを叩くかどうか迷い始めたようだった。


(流石にしぶとかったが……)
 自分のコーナーにもたれながら、中森は勝利の余韻に浸っていた。
 勝てばさっさと引き上げていた中森にとって、これは初めてのことである。
 それほど、目の前で大勢に介抱されている相手を下したことは格別であった。
 結局六角の左手はマットを叩くことなくその場に崩れ落ち、それを見たレフェリーが試合を止めた。
 そのままの姿勢で突っ伏している六角の顔は見えないが、一体どんな表情をしているのかと、
 中森は柄に無くそんなことを考えてしまった。
「ま、悔しければ勝って私を否定してみろ」
 似た者を倒した中森は、ぼそりと呟いてリングを下りた。

by right-o | 2009-10-14 21:02 | 書き物