「キャンプ場プロレス」相羽和希&ノエル白石VSフォクシー真帆&RIKKA

「ちょっと相談があるんだが」
 そう声をかけられて社長室に呼ばれた美月は、最初から嫌な予感しかしなかった。
 ちょうど美月にあのベルトの管理を任せた時のように、社長の目は何かを企んでいそうだったのだ。
 そして事実、企んでいた。
「前に美冬とRIKKAが林の中で戦った映像があったろ。もう一度ああいうの撮れないかな?
 いや~、アレが一般のメディアにも取り上げられてね。大好評だったんだよ」
「……」
 言いたいことは色々あった。
 あの映像は狙って撮ったものではないし、撮りたくて撮ったものでもない。
 というか、あの時に目の前で繰り広げられた出来事はあまりに常識と掛け離れていて、
 できることなら早く忘れてしまいたかった。
「なあ、頼むよ。このとおり」
「……はあ」
 しかし、冗談半分ながら社長に頭を下げられて、美月はつい生返事をしてしまった。
 怪我で試合に出られない身としては、他にできることもない。


 二週間後。
「う~ん、空気がおいしい!」
「お日様、ふわふわ……」
 早朝に都内を出発して数時間。
 美月・ノエル・相羽の三人は、某県山中にあるキャンプ場へ来ていた。
 前回のような映像を獲るためのお膳立てとして、社長が整えてくれた舞台である。
 ただし無観客試合だった前回と違い、今回は「キャンプ場プロレスツアー」と題して、事前に観客を募ってあった。
 そして用意されたカードは――
「待ってたぞ!」
 キャンプファイヤー用と思われる広場に出た美月たちの前方、
 太い木の枝の上に、フォクシー真帆が仁王立ちで待ち構えていた。
 色々と売り出し中で忙しい美冬に代わり、社長が独自にブッキングしてきたレスラーである。
 だが美月たちと、その後ろに引率されて来た観客一同は、
 一度真帆の姿を見上げた直後、視線をやや下に戻した。
 木の枝を挟んだ真帆の真下に、まるで水面に映った影のような形で人間が逆さまに立っているのだ。
「……」
 足の裏だけで木の枝にぶら下がったRIKKAは、閉じていた瞳をゆっくりと開いて、美月たちを上目で見下ろした。
 この二人と、美月が頼み込んで用意した相羽とノエルが、キャンプ場で戦うのである。
(ああ、帰りたい……)
 間近に見た忍びの技に沸きかえる観客たちを他所に、美月は早速ここに来たことを後悔し始めていた。


 ガーン
 地上のノエルと相羽が、木の上の真帆とRIKKAを見上げる形で対峙したまま、
 美月は飯盒をゴング代わりに馴らして強引に試合を開始させた。
「……ノエルちゃん、任せたっ!」
「あ、待てっ!」
 始まると同時に一人山奥へ駆け出した相羽を、枝から飛び降りた真帆が追って行く。
(RIKKAさんから逃げたか)
 前回カメラマン役だった相羽は、こういう時のRIKKAが何をしてくるかを知っている。
 最悪刃物が飛んでくるような事態を回避するために、自ら山へ入ったのだろう。
 ちなみに今回はカメラ専門のスタッフが同行していた。
「……」
「……」
 残されたノエルとRIKKAは、上下に分かれた状態のままでしばらく見つめ合った。
 なんとなくのどかな時間がぎたあと、ノエルは足元にあった人の頭ほどの石をおもむろに取り上げ、振りかぶる。
 ブンッ、という風を切る音がして、RIKKAのぶら下がっていた枝の根本が消滅した。
「……!」
 今度はいつの間にか別の枝の上へ現れたRIKKAの手元が光り、同時にノエルの前方の空間で火花が散る。
 カチカチッと乾いた音が聞こえたあと、いくつかの鉄片が地面に落ちた。
 どうやらノエルが、もう一つ手に持った石で手裏剣を弾いたものらしい。
(か、噛み合ってる……?というか、白石さんって一体……) 
 もう驚くのも忘れて呆然としている美月を残して、
 まるで誘うように木々の間へ消えたRIKKAを追い、ノエルもまた山の奥へと入って行った。
「あ、えーっと、どっちを……」
 相羽と真帆、ノエルとRIKKA。
 それぞれを追いかけて観客たちが移動して行く中、美月だけが立ち尽くしている。
 二万坪に対してレフェリー一人というのは、どうにも無理があるようであった。


「待てぇぇぇぇぇ!!」
「待たないッ!!」
 青々と茂る木々を掻き分けながら、相羽と真帆の追いかけっこは続いていた。
 獣ようにガサガサと迫ってくる真帆の気配が、確実に相羽の背中へ近づいてくる。
(何でこんなに早いの……っ!?)
 答えは「“前足”を使って走っているから」なのだが、そんなことを確かめる余裕は相羽に無い。
 すっかり野生に帰った真帆の姿は、犬科の狐というより猫科の肉食獣のようであった。
「あっ!ちょ、待って!!」
「真帆だって待たないぞっ!!」
 突然足の止まった相羽の背中へ、すかさず真帆が飛び掛かる。
 そのまま地面に引き倒すかと思われたが、
「……ん?」
「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 前のめりになった相羽の前には、倒れ込むはずの地面が無かった。
 適当に山中を駆け回っていた二人は、谷川を囲む崖にぶつかったのである。
 盛大な水しぶきを巻き上げ、同体になった二人は水面に叩きつけられた。

(もう帰っていいかなあ)
 大勢の観客に混じってなんとなく山中を散策していた美月は、
 前の方が騒ぎ出したのを聞いて必死に背を伸ばした。
「すいません、レフェリーが通ります。開けてください!」
 人の波を掻き分けて前方に出ると、そこは川の浅瀬であった。
 その水遊びにちょうどいい岩場に囲まれた水面から、オレンジ色の三角形が二つ突き出ている。
「ぶはっ」
 と、潜望鏡のように水面に出ていた“耳”の下から真帆が飛び出した。
 どうやら上流から流れてきたものらしい。
「ふぅ、死ぬかと思った……ぞ?」
 ぶるぶると体を震わせて水気を飛ばし、ほっと一息吐いた真帆の腰に背後から両手が回った。
「っ!?」
 気づいて身を固くした時にはもう遅い。
「うわああああああああ!!!」
 透き通った川面に、相羽による綺麗な人間橋が架かる。
 すかさず観客の間から美月が飛び出し、水面を叩いた。
「ワン、ツー……」
「うッ!?ゲホッ、ゲホッ!!」
 しかし、3カウントを目前にしてそのブリッジは大きく崩れ、
 相羽はいきなり顔を押さえて水の上をのたうち回った。
 流れに顔を突っ込んだため、鼻に思いっきり水を吸い込んだようだ。
「うぇぇぇぇぇ……!!」
「……痛かったぞ!」
 鼻の奥へツーンと響く不快感からようやく立ち直りかかった時、
 後頭部に大きなコブを作った真帆が、ゆらりと相羽の前に立ちはだかる。
 ダブルアームスープレックスの形で持ち上げられ、一度肩の上で仰向けに置かれた相羽は、
 そこから落差をつけたタイガードライバーで川底の石へ叩きつけられた。
 

「逃した……」
「そ、そうですか」
 警察に捜索を頼もうかと真剣に悩んでいた美月の前に、体中を擦り傷だらけにしたノエルがひょっこりと戻ってきた。
(RIKKAさんは放っておくとして)
 岩場の石にもたれ掛かって倒れている相羽の姿は、まるで転落事故の現場のようである。
 そして、気がつけば真帆の姿が消えていた。
「はあ……」
 美月は、全てを投げ出して実家に帰ろうか、と思った。

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by right-o | 2009-10-04 12:46 | 書き物