「バウンス」 ガルム小鳥遊VSフォクシー真帆

 とある団体でのお話。
 今、この団体は乱入者に悩まされていた。
 興行のメインイベント、その日一番の盛り上がりを迎える場面になると、
 いつの間に紛れ込んだのか、客席から茶色い長髪をなびかせた一人のレスラーが飛び込んで来て、
 リング上で立っている選手に向かってタックル一閃。
 ヒールもベビーフェイスも関係なく、相手のどてっ腹に肩から突っ込んで悶絶させてから、
 慌てて飛び出して来た他の選手達を尻目に、風のように客席へ姿をくらませてしまう。
 どんなに警戒していてもメインになるとひょっこり現れるそいつに、
 選手含む団体の人間はほとほと困り果てていた。

 そんな中。
「ったく、情けねぇなあ」
 と、周囲が弱り切っている状況を見て腰を上げた一人のレスラーがいた。 
 ガルム小鳥遊。
 “番犬”の異名を取るベテランである。
 そのニックネームが示す通り、これまで他団体の選手と数多くの戦いを繰り広げて団体を守ってきたと言える彼女にしてみれば、
 この程度のことで騒いでいる様子は正に情けなかったのだろう。
「乱入して来るってことはウチに挑戦したいんだろ?迎え撃ってやりゃいいのさ。正面からな」
 正面から迎え撃つ。
 その意味するところは、名前も分からない乱入者と試合を組むことであった。
 こうして、前代未聞――というほどでもないが、『ガルム小鳥遊VS乱入者X』という形で、
 ある興行において正式にカードが組まれることになった。


『今日はテメェのためにちゃんと試合を組んでやったんだ。いるんだろ?出てこいよ!』
 メインイベント、つまりは普段乱入してくる時間帯にリング上から呼びかけられると、
 果たして乱入者は客席から堂々と姿を現した。
 エプロンから軽々とロープを飛び越えてリングインしたそいつは、青い瞳を爛々と輝かせて小鳥遊の前に立ちはだかる。
『ウチに乱入してくるたぁ、いい度胸だ。名前は?』
『真帆だ』
 とだけ、マイクを向けられた乱入者は答えた。
 小鳥遊は彼女がフォクシー真帆という名前で知られていたことをあとになって知ったが、
 初めて間近で見た時から「狐っぽいな」という印象はあった。
 明るい茶色の髪を束ねて後ろに垂らした様子は尻尾のようだったし、
 何より頭の左右にはねているクセ毛が狐の耳にそっくりで、なんとなく触ってみたくなる。
『犬には、負けないぞ』
 そんな相手の心を見透かしてか、真帆は犬歯を見せて不敵に笑った。

「「ふんっ」」
 ゴングと同時に、二人はリングの真ん中でがっちりと組み合う。
 数秒の降着状態のあと、小鳥遊が真帆を力任せに突き飛ばした。
「……っ!?」
 思わず後ろにひっくり返って一回転した真帆は、驚いた様子で小鳥遊を見つめている。
(ガタイの割にはやりやがる)
 という小鳥遊の感想通り、真帆は細身に似合わず腕力自慢ではあった。
 が、真帆と小鳥遊では何しろ背丈が一回り、横が三回りは違う。
 単純に力で立ち向かえる相手でないことは、誰の目にも明らかだった。
「この、負けるかっ!」
 再び組み付いてきた真帆を今度はロープへ押し込み、反対側へ飛ばす。
 跳ね返った勢いでショルダータックルにきた真帆に対し、小鳥遊はただ胸を張って待ち構えた。
「いたっ!」
 分厚い体に跳ね飛ばされた真帆は、またしてもマットの上にひっくり返った。
 その手を掴んで引き起こすと、小鳥遊が今度はリングの中央からロープへ振る。
(挨拶代わりだ、もっと脅かしてやるか!)
 そして自分は、ロープから返ってくる真帆の軌道に対して真横から交差するように、
 真帆を振った“隣の面”のロープに対して走り込んだ。
 こうして巨体を生かした強烈なショルダータックルで横から相手を吹き飛ばすのが、
 小鳥遊の得意技「ガルムズディナー」である。
 今のように序盤からいきなり飛び出すこともあるこの技は、
 対戦相手に小鳥遊の体格と馬力をこれ以上なく印象づける動作なのだが、
 今回は早めの仕掛けが裏目に出る結果となってしまった。
「ぐぉっ!?」
 リング中央で真帆と交錯し、これを肩で跳ね飛ばそうとした小鳥遊の脇腹へ、
 体を低く屈めて突っ込んできた真帆の肩口が突き刺さった。
 よく「スピアー」と呼ばれる強烈な胴タックルである。
 乱入の度に数々の選手を苦痛に悶えさせてきた真帆の得意技が、逆に小鳥遊へ襲いかかったのだった。

 ここから、小鳥遊の意外な苦戦が始まる。
 脇腹に大ダメージを負った小鳥遊に対し、真帆は狐というより血を嗅ぎつけたハイエナのような執拗さでその一点を集中攻撃。
 スキさえあらば脇腹を蹴りつけて動きを止め、ブレーンバスターの体勢にでも入られようものならひたすら拳で殴り続けた。
 また、小鳥遊が痛みをこらえて反撃にでようとしても、要所で顔を引っ掻くなどして簡単にペースを握らせない。
 ついでにいきなり額へ噛みついてみたりと、なかなか行動も読みづらかった。
「くそッ!」
 対して脇腹に傷を負った小鳥遊は、思うように上体へ力が入らない。
 真帆の奔放な動きを捉えることができず、次第に焦りが増してきていた。

「いっくぞー」
 コーナーへ振った小鳥遊目掛け、真帆が姿勢を低くして突進する。
 やはり腹部を狙った、串刺し式のスピアーだった。
 小鳥遊の巨体がみしりとコーナーへめり込む。
「ぐぅっ……、こんのッ!!」
 真帆の離れ際を狙って小鳥遊がハンマーのような右腕を振り回したが、
 これを真帆はくるりと小さくバク宙しながら避けてみせた。
 直後、腰を落として着地したところから再び突進。
 小鳥遊の口から空気の塊が吐き出された。
「まだまだ、これからだぞ!」
 もう一回同じ動作を狙ったのか、真帆は小鳥遊の腕を取って思い切り引っ張り、対角線へ振ろうと試みる。
 が、これはうまくいかなかった。
「……調子に、のるなぁッ!」
 一歩目で踏みとどまった小鳥遊は、逆に真帆の手をがっちり掴み、、
 自分まで前に倒れ込むほどの勢いで思い切り振り返したのだ。
 体重と腕力の違いにものを言わせ、小鳥遊が流れを変えにいく。
 結果として、このカウンターが図に当たった。
「うわっ」
 対角線に振られながら、いつも通りに後ろからコーナーに収まろうとした真帆はコーナーパットで背中を強打。
 そのままマットへうつ伏せに倒れ込んだ。
「ちっ……」
「うぐぐぐ……」
 リングの端と端に分かれ、ともにうつ伏せから立ち上がろうとして片膝をついた二人の視線がぶつかった。
「「うおおおおおおお!!!」」
 そこから同時にクラウチングスタートを切った両者が、リング中央で激突。
 勢いは互いに譲らない。
 しかし今回は正面からのぶつかり合いで、それも小鳥遊は体を屈めて腹部の死角を無くしている。
 となれば当然、質量の大きい方が打ち勝つのが道理であった。


「まあ、犬が狐に負ける訳にいかないからな」
 そう言いながら、小鳥遊は痛む脇腹をさすった。
 存外な苦戦を強いられた対戦相手は、目を回したままで若手に両脇を支えられて運ばれている。
(野生の狐にしとくにゃあ、ちょっと惜しいかもな)
 さて狐を馴らす方法なんてあったろうか、と、小鳥遊はそんなことを考え始めたのだった。

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by right-o | 2009-09-23 00:05 | 書き物