「バイトオブザドラゴン」 ウィッチ美沙&杉浦美月VS栗浜亜魅&カレーウーマン

 二度目の美沙対栗浜戦から、さらに一週間後。 
 フードの付いたマントを脱ぎ捨て、普段通りにロープを軽々と飛び越えて美月がリングインする。
 小さな体に自信を漲らせたその横で、やや遠慮がちに美沙が立っていた。
 美沙の表情を曇らせる元は、今夜も対角線上で薄笑いを浮かべる栗浜亜魅。
 二度続けて惨敗を喫した相手に、美沙はすっかり苦手意識を持ってしまっていた。
 栗浜の方も、そんな美沙の心中を見透かして弄ぶように、マイクを持ってこう切り出した。
「この試合、もっと面白くするアイデアを思いつきました。
 フォールを取られて負けた人間は、今後二度とこのリングに上がることはできない――
 なんて、こういうのはいかが?」
 咄嗟に何か言い返そうとした美月へ手を振って遮り、栗浜は更に続ける。
「もちろん、この提案には何の拘束力もありません。だから負けた人が自主的に選べばいいんですよ。
 試合前に一度決まったことを無視して居直るか、それとも潔くここを去るかどうか、ね。
 もっとも、初めから自信が無いような人に無理強いするつもりはありませんけど。フフフ…」
 美月の疑問に答えるような話の継ぎ方をしながらも、栗浜は美月の方を全く見ていない。
 震える拳を握り締め、唇を噛んで俯いている美沙の様子を、栗浜は心底楽しそうに眺めていた。

「それは残念ですね。先週から引っ張ったあなたのご主人様、初登場にして最後のお目見えとは」
「フッ、まさか。ご主人様の心配などする前に、自分の心配を……いえ、
 あなたの隣で怯えている人の心配をしてあげた方がよろしいのでは?
 哀れというか惨めというか、見ていられませんわ」
「……!」
 ここで美沙は初めて顔を上げ、ニヤニヤしている栗浜をキッと睨みつけた。
 少し瞳が潤んでいたが、美沙にもまだ意地が残っていることをその表情が示している。
「何にしてもご主人様の心配は無用です。それでは、どうぞこの場にいらして下さい、ご主人様!」
 呼び込んだ栗浜の声に応え、入場ゲートの上にあるスクリーンと音響が反応した。
『SHE IS HOT!!』
 無駄に良い声の英語音声に合わせ、後ろを向いた謎の人物の右腕らしき場所に書かれた、
 黄色い「HOT」の文字が大写しになる。
『SHE IS SPICY!!』
 続いて同じく左腕「SPICY」の文字。
『SHE TASTES GREAT……』
 カレーの入った皿を模したものを頭の上に載せた、赤いマスクのアップ。
『CURRY WOMAN!!!』
 それまでの重い雰囲気をぶち壊しにする軽いノリのBGMに乗って、
 開いた両手を天井に向けて上下させながら、恐らく炎をイメージしたと思われる、
 赤と黄の波模様が入った衣装を着た怪人が、マスクの後ろからピンク色の髪を靡かせて会場に姿を現した。
 呆気に取られている客席と対戦相手を完全に無視し、カレーの載ったマスクを被った怪人は、踊ったままでリングに転がり込み、
 コーナー上でカクカクと腰を左右に振りながら開いた手を上下させてアピールを続けた。
(ご主人様は、時々わからない…)
 ノリノリのご主人様に一人だけ笑顔で拍手しながらも、栗浜でさえこの怪人の頭の中をいくらか疑っていたりした。
 

 ともかく、試合が始まった。
(ど、どういうヤツなのです…?)
 美月が無言で赤コーナーに引っ込んだため、自然と先発は美沙と、最後に入場してきたあの怪人。
 見た目は完全なイロモノでも、あの栗浜のご主人様ならひょっとするともの凄い実力者なのかも……と、
 美沙がそんなことを考えながら様子を窺っていると、
 怪人はおもむろに右手を美沙へと差し出してきた。
「……!」
 美沙が恐る恐る握り返すと、怪人は会心の笑みを―マスクの下に―浮かべてのサムアップ。
「こ、このっ!」
 人を食った態度に業を煮やした美沙が、まずはアームホイップで先制。
 すると怪人はすぐさま立ち上がって同じ技で投げ返し、
 さらに立とうとした美沙の足を払って再度倒すと、素早く覆い被さってフォールへ。
(早い…?)
 手慣れた一連の動きから、美沙は怪人をスピードと技術で勝負するタイプと当て込んだ。
 フォールを跳ね返して立ち上がり、怪人の腹部へトーキックを蹴り込んでロープへ飛ばす。
 さらに美沙は、怪人に付き合うつもりでマットへうつ伏せに体を投げ出し、
 その上を怪人に飛び越えさせようとしたが、
「…?」
 ロープから跳ね返ってきた怪人は美沙の前で立ち止まり、
 「なにしてんの?」とばかりに倒れている美沙の上へ両足で飛び乗って踊った。
「ちょっ…!?」
 馬鹿にされた美沙は怪人を振り落としながら急いで立ち上がったが、
 向かっていこうとした瞬間、背中に他人の手が触れる。
「代わって」
「う……わかったのです」
 赤コーナーから目一杯乗り出して美沙にタッチした美月に、美沙はしぶしぶ従う。
 対して怪人も、指をチッチッと振りながら青コーナーに戻って行った。
(アイツは一体何なのです…!?)
 訝しみながらも、美沙は怪人のお陰で一時だけ試合の暗さを忘れることができていた。

 代わって美月と栗浜の戦いになると、やはり空気が一変する。
 参戦以来、美沙をはじめこの団体のレスラーを悉く圧倒してきた栗浜相手にも、流石に美月はひけを取らない。
 体格はほぼ同じながら、わずかに打撃と力技では栗浜が優り、それ以外の技術とスピードでは美月が優るようであったが、
 王者としての気概と経験の差か、やや美月が押しているように見えた。
 が、その流れも、結局は美月が出ている間だけのもの。
 機転を利かせた栗浜が、コーナーに控えている美沙に美月を接触させ、わざと交代を成立させると、
 今度は一転して栗浜組が優位になる。
 やはり美沙と栗浜の間にある苦手意識と実力差は、容易に克服できるものではなかった。
「よいしょ、っと」
 栗浜は自分より大きな美沙を背後から抱え上げると、そのまま投げ捨てずに自軍コーナーへ近づいた。
 そして美沙の両足を、コーナーを跨ぐ形でセカンドロープの間に差し入れ、カレー頭の怪人とタッチ。
「!、!、!、!」
 コーナーポストに抱きつくような形で固定されている美沙を尻目に、怪人は距離を取りながら手拍子を要求する。
 十分に助走距離を取ったあと、背中を見せている美沙に向って打点の高い串刺しヒップアタック。
 怪人とコーナーポストの間に挟まれ、足をロープに引っ掛けたままの美沙が、上体をぐったりと後ろに垂らしたところへ、
「フン、さっさといなくなれっ」
 と、相変わらず容赦の無い栗浜のフットスタンプが降って来た。
「うぐぅッ…!!」
 三戦連続で腹部を踏まれた美沙は、今回もこの技で動きが止まってしまう。
 そして、この試合が今までとは違うタッグマッチであることも、栗浜はちゃんと計算に入れていた。
「美沙…!」
 たまりかねて救出に入ってきた美月に対し、まずリング内の怪人はあっさりと蹴散らされたように見せかける。
 次いでロープ越しに殴られた栗浜も過剰によろけて見せ、美月の油断を誘った。
「うっ!?」
 そして美月がリング内へ向き直ったところで、栗浜はロープを挟んだままでその背中へと飛び掛かる。
 左腕で強引に相手の首を脇に抱え込みつつ両足を体に巻きつけ、立ったままでの胴締めドラゴンスリーパー。
 間にロープがあるからこそできる技である。
 そのためどうやってもギブアップは取れないが、タッグマッチで控え選手の動きを封じるにはこれ以上ない技であった。
「ここでじっくりと見学していましょう。ご主人様があいつを沈めてしまうのを…!」
「くっ…!?」
 美月の腕力では、どうやっても栗浜を振りほどくことはできそうにない。
 栗浜の言うように、美沙の様子をただ黙って見ているしかなかった。
 動けない美沙を前にして、フィニッシュを任された怪人は暫く顎に手をあてて考えている様子だったが、
 ついに手をかけて美沙を無理矢理に引き起こし、
 それから何を狙ったのか、正面から美沙の首を抱えてブレーンバスターの体勢。
「よっ、と」
 しかし、小さく掛け声をかけて持ち上げにかかったところで、美沙が最後の意地を見せた。
(もう、負けたくない……のですっ!)
「わわわっ!?}
 痛むお腹に精一杯の力を込め、不意を突かれた怪人を逆にブレーンバスターで持ち上げた。
 …かに見えたが、
「あっ」
 持ち上げ切る前に、美沙の体の方が悲鳴を上げた。
 疲労から足がもつれ、踏ん張りが利かなかったのだ。
 そのまま足を滑らせ、中途半端な体勢から背後に転倒。
 首を取られていた怪人は、急角度のDDTのような形で頭からマットに突っ込んだ。
「ご主人様!!」
「ッ!」
 予想外の事態に気を取られた栗浜へ、そのスキに腕と足を振りほどいた美月がオーバーヘッドキック一閃。
 栗浜を場外へと叩き落とした美月は、ぼうっとしている美沙を押しのけ、
 返す刀で頭を押さえてうずくまる怪人を起こすと、相手の痛めた頭を太股の間に挟み込んだ。
「落ちろッ!」
 そのまま前方に一回転し、必殺の前転式パイルドライバー。
「押さえて!」
 美沙の襟首を掴んで怪人の上に被せると、カットに入りかけた栗浜をもう一度蹴り落とす。
 こうして、経緯はどうあれ、美沙は初めて栗浜に試合で勝つことができたと同時に、
 どうにか生き残ることができたのであった。


(ど、どうしようか?いやー、まさか本当に負けるとは思わなかったよ…)
(もう!遊び過ぎですよご主人様!)
(う~ん、やっぱりマスクなんて慣れないことはするもんじゃなかったかな)
「……で?」
 カレーが乗った頭頂部を押さえながらヒソヒソと相談をする怪人と栗浜を、
 美月が冷やかに見下ろしていた。
「くっ…覚えてなさいっ!!」
 捨て台詞を吐いた栗浜は、最後にまだぼうっとしている美沙の方を睨みつけたあと、
 怪人を促してすごすごと退場していった。
 その様子をなんとなく目で追っていた美沙へ、美月からマイクが渡される。
「はい、締めて」
「えっ!?…あ、えっと、み、美沙の魔法、思い知ったか!なのです!!」
 何はともあれ、久々の美沙らしく緩いマイクに、観客は暖かい拍手を送ってくれた。
 ただ一人、
(あれだけ酷い落ち方をして無事とは…中身は名の知れたレスラーかも知れませんね)
 美月だけは、初登場にしてリングを去ることになった妙な怪人の後ろ姿を、
 興味の視線で見送っていた。

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by right-o | 2009-07-16 23:26 | 書き物