「ハードコアなタイトルマッチ」 神楽紫苑VSフレイア鏡
「どういうベルトか忘れたけど、まあ、アタシに挑戦したいっていうんなら考えてあげるから、
希望者は名乗り出てくるといいわ」
奪ったばかりのベルトを誇示しながら、得意気なマイクアピールを行っていた神楽の前に、
微笑を浮かべたフレイア鏡が拍手をしながら入場ゲートに姿を現した。
そのままロープをくぐってリングに上がり、神楽が持っているマイクを上から握って自分の口に当てる。
「とりあえずはそのハードコア王座、獲得を祝って差し上げますわ。それで早速――」
「っ!」
唇が触れそうな間近で相対していたところから、鏡はさらに間を詰め、故意に触れさせた。
どころか、先週に神楽が美冬に対してしたように、その内部まで侵入しようとする。
ただ、流石に神楽は美冬と違い、この不意打ちに対しても動揺せずに対応し、
きっちりと応戦している様子であった。
数十秒後、どちらからともなく離れた二人の口元に引かれた糸が、照明に当たって輝いた。
「フフ……知っていて?そのベルトは“何でもあり”なのだそうですわ」
「…それで、アタシにこんな勝負を挑もうっての?へぇ…」
余裕の笑みをつくりながらも瞳に妖しい光を灯した二人は、自然に右手を動かすと、
神楽は自分より背の高い鏡の顎を挑発的に持ち上げ、
鏡はそんな神楽の頬へ手を添えて見下ろす。
「面白いじゃない。私が良い声で鳴かせてあげるわ」
「それは楽しみですわ。もっとも…貴女が保てばの話ですけど」
会場が主に狂喜した男性ファンによって異様な盛り上がりを見せる中、
もう大概のことには慣れたはずの美月も、改めて大きな溜息を吐いた。
試合当日。
何故かメインイベントで組まれたこの試合の開始前、リング上にキングサイズのベットが設置された。
「それでは、始めましょうか」
「いつでもいいわよ」
(な、なんで私まで…)
ベットの前で向かい合った二人は、遠目にはいつもと変わらない衣装を着ているようにも見える。
が、その実はそれぞれ黒と赤で彩られた下着姿であった。
ついでに美月までが色気の無い白の上下を必死に両手で隠している。
「ふふっ…」
一応開始のゴングが鳴らされると同時に、神楽はベットに腰を下ろして両足を組んだ。
対して鏡は黙ってその前に腰を屈め、組まれている足をそっと外すと、
右足を取り上げて口元へと近づけた。
(いい眺めねぇ)
両手をベットについて上体を反らしながら、神楽は自分に“奉仕”している鏡を見下ろす。
普段お高くとまっている鏡とのギャップが感じられるのもいいが、
足にまとわりつきながらも挑発的に見上げてくる妖艶な瞳がなんともいえない。
「まだ早い」
足先から徐々に上がってきた鏡の唇が危険な箇所に差し掛かったところで、
神楽は鏡の頭を掴んで引き離した。
と同時に、言ってみれば試合の流れが変わった。
「うふっ」
鏡は突然、ベッドの上の神楽に躍りかかってその上に跨ると、
下になった神楽の両手を押さえつけ、唇を強引に吸った。
そして顎から首筋へと唇を移動させて胸元に至ると、
体の前で留まっていたブラジャーのホックを噛むことで外してみせる。
きつい戒めを解かれた双丘は薄い布地を吹き飛ばす勢いを見せたが、
どうにかテレビに映せない部分を隠す程度に踏みとどまった。
「あん…」
両手を塞がれながら辱めを受けて、自分の下で身を捩る神楽を見下ろして、
鏡もまた、先ほど神楽が鏡を見て感じたのと同じ感覚を味わった。
「可愛いわ…」
どちらからともなく唇が近づき、重なる。
客席の最後列まで湿った音が聞こえてきそうな濃厚な接触の中、
神楽はすかさず転がって体勢を入れ替えると、下になった鏡の腕を取って強引に立ち上がらせ、
自分に対して後ろを向かせた。
「あっ」
さらに鏡の背中を突き飛ばして屈ませると、背後から鏡の上を、引きちぎるようにして剥ぎ取る。
思わず胸元を隠した鏡の姿と併せて、なんとも扇情的な絵であった。
「そろそろ、本番よね」
ベットにかかった絹のシーツをはね上げ、無理矢理掬い上げた鏡を、その上に放り投げた。
次いで自分も鏡に重なってベッドに入り、シーツを被る。
試合はついに、本格的な“寝技”の攻防に入ろうとしていた。
(誰かが、途中で邪魔しに出て来るだろう)
いまだに下着姿で突っ立っている美月も、二人の攻防に固唾を呑んで見入っている観客も、
またカメラ越しに録画の用意を始めた視聴者も、心のどこかではこう思いながら、
神楽と鏡の一挙一動を注視している。
しかし結局のところ、誰も二人を止めようとする者は現れなかった。
どころか、二人はついに最後の最後までやり切ってしまう。
観客達は、シーツ越しに艶めかしく絡み合う二つの肢体が、
時に激しく、時にゆっくりと動く様子を、
想像を交えながら、瞬きを忘れて食い入るように見つめた。
時折、白く長い手足と紅潮した顔がシーツから覗く度に、
静かな歓声と溜息が会場中から漏れる。
そんな中、決着の瞬間は突然やって来た。
「…ッ!?」
どうやら、相手の片足を持ち上げつつ、その上に跨っていたと思しき鏡らしい影が、
シーツの中で急に身体を捩って大きく悶えた。
「あ、あなた一体、何を…!?」
「うふふふふふ…」
鏡がうつ伏せの姿勢で、シーツから悩ましく歪んだ顔を覗かせると、
その直後、すぐその上に嗜虐的な微笑を浮かべた神楽の顔が現れた。
つまりは鏡の背後に神楽が密着しているわけであり、
“女性同士”であることを考えれば、あまり意味のある位置関係とは思われなかったが、
「…!?」
鏡の息はいよいよ荒くなり、両手はしっかりとシーツを握りしめている。
その後ろで、なんとも形容しがたい運動をしていた神楽が、
ゆっくりと身体全体を預けて鏡に重なり、その耳元で囁いた。
「自分で言ってたの、忘れたかしら?あのベルトが懸かった試合は、“なんでもアリ”だって…!」
「うっ、く…ぅ…!!」
一瞬、シーツを握る手に一段と力が入り、その身体を大きく弓なりにしたあと、
鏡の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「うふふふ…」
神楽は、ばさりとシーツを跳ね上げてその上体を起こしたが、
生憎と両者の腰回りだけはしっかりとシーツに守られて、
何が試合の決め手になったかを見ることはできなかった。
「しょ、勝者……ッ!?」
ベッドに入ったままの神楽へ、腕を上げて勝ち名乗りを受けさせようとした美月は、
いきなり手を引いて抱きすくめられ、ついでに唇を奪われた。
それだけで先日の美冬のように真っ白く燃え尽きた美月に、さらに神楽の魔手が迫る。
が、ブラの中心に指をかけた時、神楽の手が止まった。
「う~ん、やっぱつるぺたは趣味じゃないかな」
美月を放り出し、ベッドにかかっていたシーツを剥いで身体を覆うと、
神楽は欠伸をしながらそのままの姿で退場して行く。
こうして、直後に生放送で大問題となった一戦は幕を閉じた。
しかしこの試合は、これまで団体で行われたどんな名勝負よりも多くの注目と視聴率を記録したのだった。