「ハードコアタイトルマッチ」 第16代~第17代

「ハッ!」
 小剣を前に突き出して腰を落とした姿勢から、
 目にも止まらぬ速さの突きが何度となく繰り出された。
 受け止めることのできない攻撃に、流石の美冬も後ろに下がるしかない。
(異な剣…突きに特化したものか)
 初めて立ち会う武器を前にして、美冬は愛刀を袴の腰に落とした鞘に収める。
「構えろ!臆したか!?」
「…気にするな。既に構えている」
 目線も姿勢も全く油断させることなく挑発してきた相手に対し、
 美冬はただ右手で刀の鯉口を切っただけで応えた。
「ッ!!」
 美冬の態度を侮辱と感じたか、これまで以上の速度と勢いを備えた突きが即座に伸びる。
 が、同時に、美冬の刀はそれ以上の速さで鞘から抜き放たれていた。
「わっ!?」
 カチッ、という乾いた音がしたあと、
 両者の間で脂汗を流しながら事態を見守っていた美月の頬を、
 北条の持っていた“エペ”の刀身がギリギリでかすめ、そのままロープを越えて場外の床に突き刺さった。
「くっ…」
 自分の右手、お椀型のアームカバーのみを残して根本から断たれた愛剣を見ては、
 プライドの高い北条も膝を屈さざるを得ない。
「私の、負けだ…」
 こうして、何故かリング上で行われた異種剣技同士の戦いは、
 またしても美冬の勝利で幕を閉じたのだった。


 その数日後。
 ベルトを管理する美月による涙ながらの訴えが認められ、
 ハードコアマッチにおける刃物の使用が暫定的に禁止されてから、初の王座戦。
 得物を木刀に代えた美冬は、久しぶりに試合着姿でリング上に立っていた。
 これに対するは越後しのぶ。
 こちらも普段の竹刀を木刀に持ち替えての挑戦であった。
(ま、これなら命の危険は無いでしょう)
 真剣も木刀も、実は立ち会いでの危険度には大差がないという話もあったりするが、
 この場合の美月が心配しているのはあくまで自分の命である。
 かっ、と一合してからやや離れて向き合った両者は、まずは全く対照的な姿勢で武器を持った。
 美冬は木刀を持つ右手をだらりと下げ、構えとは呼べない自然体のまま。
 逆に越後はしっかりと両手で木刀を持ち、切っ先を相手の喉へ向けた所謂正眼の構え。
「はッ!」
 片手持ちから様々に繰り出される美冬の攻撃を、越後の木刀は見事に捌き切った。
 その都度、構えは元の正眼に戻り、姿勢にいささかの乱れもない。
 静と動のはっきり分かれた、見事な攻防であった。
「ふ」
 やるな、とでも言おうとしたのか、美冬が手を止めてやや間を置こうとしたのを見逃さず、
 ここで攻守が交代した。
「何を考えている!」
 一気に懐へ飛び込んだ越後は、鍔迫り合いの体勢から美冬を押しのけ、籠手を狙う。
 これを後ろに退いて避けた美冬がロープを背負うと、一足一刀の間合いから面を狙い、
 再度踏み込みながら木刀を大きく振りかぶった。
「めぇ――!?」
 しかし、越後の振り下ろしに対して美冬は真下から木刀を振るったかと思うと、
 柄尻の部分で越後の一刀を受けつつ、そのまま大きく跳ね上げる。
「うっ」
 危うく木刀を取り落としかけた越後は、両手を真上にやったままで数歩後ずさり、体勢を崩した。
 美冬の方は振り上げた木刀を首の後ろに回し、肩に担ぐような姿勢。
 この試合で初めて、構えらしい構えを見せる。
 それでも、
(遠い)
 と越後は見ていた。
 先ほどから何度も刀を合わせ、相手の間合いは完璧に見切っている。
 ――はずであった。
「なっ!?」
 刀か、腕が伸びたようにしか思われなかった。
 担いだ姿勢から美冬が大きく横薙ぎした一閃は、危ういところで額をかすめていったのだ。
(危なかっ…)
 安堵しかけた越後の額から、はらりと純白の鉢巻が割れて落ちる。
 美冬が意識してもう半歩踏み込んでいたら、割れていたのは鉢巻の下だっただろう。
「くぅっ……!」
 膝をついて見上げた越後は、だらりと下がった美冬の右手が、
 いつのまにか木刀の柄尻ギリギリのところを握っていることに気づいた。
 恐らくは腕を振ると同時に手を鍔元から柄尻まで滑らせ、木刀の間合いを伸ばしていたのだ。
 一見すると幼稚に思える発想だが、実践するには精妙な握力の加減が求められ、
 普通はまずできることではない。
「真っ直ぐな剣だ。正直が過ぎるほどにな」
 またしても、汗一つかくこともないままの完勝。
 もはや、美冬を止められる者はいないかに思われた。

「ちょぉっと待った」
 美冬がリングを下りようとしたところへ、唐突に声が上がる。
 右手にマイク、左手に木刀を下げて現れたのは、神楽紫苑であった。
 神楽はさっさとリングに上がると、凶器を持った美冬を恐れることなく、
 ずかずかと間合いを詰めてその目前に立ちはだかった。
「最近思い出したんだけどさぁ、アタシそのベルトを手放した覚えが無いのよね。
 もうそろそろ返してもらえないかしら?」
「…私の知ったことではないな」
 二人の距離は瞬く間に縮まり、ついに互いの鼻が触れそうな位置に近づく。
「ふぅん…そう」
 まさに顔と顔、目と目を合わせた視殺戦。
 美冬の刺すような視線と、それを正面から受けて全く動じない神楽の冷めた視線が、
 間近でぶつかりあって火花を散らした。
 ような気がしたその時、
「むぐっ!?」
 二本の木刀が同時にからりと音を立て、マットの上に転がった。
 そして差し向かっていた二人の距離は更に縮まり、ついに密着。
「う、く……」
 神楽の唇が、美冬のそれを完全に塞いでいた。
 何をされようが構わないという覚悟を持っていた美冬だが、流石にこんなことまでは予想していない。
『うおおおおおおおお!!?』 
 美冬の圧倒的な技量に息を呑んでいた先ほどまでとは一変、
 客席は突如謎の盛り上がりを見せるも、ファン達はすぐにこの異常事態に順応して見せた。
『落・と・せ!落・と・せ!落・と・せ!』
「…はあ!?」
 美月は突然湧き起こった謎のコールに驚きつつも、とりあえずは選手の状態を確認してみる。
「ぎ、ギブアップ?」
「………」
 神楽の腕にしっかりと抱かれた美冬は、目を閉じたままで何の反応も示さない。
 やむなく美月が美冬の右手を掴んで持ち上げてみると、その手はただ力なくだらりと下がった。
「…ワン」
 もう一度同じ事を試しても、やはり美冬は反応しない。
「…ツー」
 三度目、これで腕が落ちればレフェリーストップとなるところで、
 美冬はどうにか意識を繋いだらしく、下がりきる寸前でその手が止まる。
(うわ…)
 その直後、なんとも形容しがたい湿った音が美月の耳だけに聞こえ、
 美冬の体は一気にマットの上へ崩れ落ちた。

柳生美冬× (レフェリーストップ) ○神楽紫苑
※ディープキス 美冬が4度目?の防衛に失敗。神楽が第17代王者に

「ふふふ…ごちそうさま」
 そう言って口を拭った神楽の足元で、美冬が目を見開いたままで真っ白に燃え尽きていた。
 ほんの数分前まで絶対的な強さを誇っていた前王者の抜け殻である。
 それをリング下へと転がしながら大きなため息を吐いた美月は、
 もはや何もかもを諦めきったように冷めた顔で、新しい王者の誕生を見つめるのだった。

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by right-o | 2009-06-14 17:57 | 書き物