「足横須賀」 伊達遥VS吉原泉

「い、今まで悪いことしてきて…本当にすいませんでした」
 互いの髪を懸けた、小早川との試合から一週間後、
 伊達はリングの上から客席に向かって深々と頭を下げていた。
「これからは正々堂々と戦うから、…その…、
 お、応援してください…!」
 後ろ髪の無い頭でもう一度礼をした伊達に対して、客席からは大きな歓声が贈られる。
 具体的にどういう心境の変化があったかまでファンは知らないものの、
 とにかく伊達のフェイスターンは周囲から好意的に認めてもらえた――かと思われたが、
「ちょっと待って!」
 それまで伊達を担いでやりたい放題してきた二人だけは、
 当然ながらこれを許すわけにはいかなかった。
 突然リングに乗り込んできた吉原とつかさは、伊達の話を遮って自分達もマイクを握る。
「遥ちゃん、一体どうしてしまったの?
 私たちは今までうまくやってきたじゃない!」
「そうだよ遥さん!これからも三人で一緒にやってこうよ!!」
 しかし、伊達はもうこの二人に流されることはなかった。
「嫌…私はもう、汚いことはしたくない…!」
 かつての仲間を真っ直ぐに見返す遥を前にして、ついには吉原達も折れざるをえない。
 ただし、かといって大人しく引き下がりはしなかった。
「わかったわ遥ちゃん。…でも、タダでは認めてあげない。
 勝負をしましょう。試合で私に勝つことができれば、あなたの勝手を許してあげるわ!」
 随分と人を見下した物言いではあるものの、
 レスラーなら勝負と言われては引き下がれないということを、十分に計算した上での挑発であった。


「「シッ!」」
 ゴング直後、互いに様子見のローキックを合わせて試合が始まった。
 これまで伊達の後ろに隠れ、ズル賢さばかりが目立ってきた吉原だが、
 基本スタイルは遥と同じ打撃系である。
「ハッ…!」
 まずは伊達が左右の正拳突きから、股裏への強烈なローキックへ繋ぐ。
 これで膝をつかせた相手へ、ロープへ走り込んでから強烈なミドルキックを叩き込むのが伊達得意のコンビネーションである。
 しかし吉原は立ち上がると、ロープから跳ね返ってきた伊達へ反対にカウンターのミドルキックを合わせてお返し。
 この予期せぬ反撃で伊達を棒立ちにさせたかと思われたが、
「ぐ、ぅっ…!?」
 直後、その場で一回転した伊達のソバットが、吉原の腹部をえぐっていた。
 激痛に思わず背中を丸めた吉原の後頭部へ、すかさず側面に回った伊達の踵落としが降ってくる。
(やっぱり普通に戦っても無理ね……!)
 元々この団体での実力は抜けている上に、体格面で伊達は吉原を圧倒しているのだ。
 正面から蹴り合い殴り合いを挑んだところで、とても勝てる相手ではない。
 顔からマットに這わされながら、吉原は鈍く痛む頭で次の手段を考えていた。

 流れが変わるのは五分を過ぎたころ。
 走り込んだ伊達に対し、吉原が抜群のタイミングで左膝への低空ドロップキックを決める。
「うっ!?」
 勢いのまま前方へ転がった伊達は、膝を押さえてうずくまった。
(よし…!)
 ここから吉原の反撃が始まる。
 無理に立ってきた伊達の膝を一旦は容赦なく蹴り崩すと、
 それでもなお気迫で立ち上がる伊達の反撃が効いたと見せ、わざとコーナーまで下がった。
 そして棒立ちを装った自分の横を擦り抜けていく伊達を見送ったあと、
 読んでいた三角飛び式の延髄斬りを屈んで回避。
 べちゃっとマットに這いつくばった伊達の膝を捕え、膝十字で呻き声を上げさせる。
「うっ、く……!」
 これをロープに逃げられると、一旦は大人しく技を解いて伊達を放すと見せ、
 そのまま右足を引っ張ってリングの中央に引き込んだ。
「降参するなら今の内よ。遥ちゃん」
「誰が…!」
 膝を踏みつけている吉原を押しのけ、伊達が強引に立ち上がろうとする。
「それじゃ、少し痛い目見てもらわないと!」
 立ち上がるまでは手を出さなかった吉原は、
 伊達の膝が伸びると同時に容赦無くローを蹴って怯ませ、その隙に素早く頭から伊達の懐へ潜り込んだ。
 脇へ首を差し入れるようにして伊達の上体を支えたあと、両手を下に回して膝頭のやや下あたりを掴む。
「何を…!?」
 訝る間もなく、伊達の体は両膝を曲げた姿勢で宙に浮かされていた。
 そして吉原は、そこから後ろに反り投げるでもなく、
 ただ1mほど伊達を持ち上げてそのまま両手を放し、自分は両足を開く形で尻餅をつく。
 勢い、伊達は足の裏ではなく膝頭に全体重を乗せる形で、両膝からマットに着地させられた。
「ぐぅっ…!!」
 全く予想していなかった足殺しを受け、膝立ちのまま固まった伊達の胸本を、
 素早く立ち上がった吉原のミドルキックが正面から襲った。
 たまらず後ろに倒れた伊達の足を取り、吉原はくるりと回って足4の字固めへ。
「終わりよ。戻っていらっしゃい遥ちゃん!」
 吉原は両手を後ろについて足に力を込めてギブアップを迫る。
 ロープは遠く、逃げ道は無い。
 それでも伊達は強情に首を振り続けた。
「もうあなたの言いなりは嫌…!私はヒールなんかやりたくない…っ!!」
 思い切り歯を食いしばると、伊達は痛む足に力を込め、
 上体を思い切り捻って吉原ごと自分の体を一気に反転させる。
「くっ…」
 こうすることで、今度は足の苦痛が吉原に加わることになる。
 といってまだ余裕のある吉原にしてみれば参ったするほどのことはないが、
 このままでは攻めきれないので、転がることで近くなったロープへ手を伸ばさざるを得ない。
 長く絡まっていた四本の足が解かれると、二人はそれぞれに痛む足を引き摺りながら、
 互いにロープを支えにして立ち上がる。
「はぁッ!」
「このッ!」
 立つと同時に、二人の右ハイキックが交錯。
 体格か、スタミナか、それとも気持ちが吉原に優ったのか、
 散々に痛めつけられた伊達の右足は、吉原のを大きく弾いて体勢を崩させた。
「な…ッ!?」
 間髪入れずに繋いだ左ハイで吉原の側頭部を薙ぎ払うと、
 自分の方に倒れかかってきた相手の首へ腕を回し、ブレーンバスターで持ち上げる。
「この勝負、勝たせてもらいます…!!」
 上がりきったところから体を回転させつつ、吉原を頭頂部からマットへ。
 変形の垂直落下式ブレーンバスターで、伊達が完璧な3カウントを奪った。


「完敗ね…」
 試合後、勝ち名乗りを受ける遥に背を向けて、
 吉原はつかさの小さな肩に掴まりながら引き上げていた。
「うう、泉さん、あたし達これから…」
「大丈夫よ」
 ただ一人だけに戻ってしまった仲間に向かい、吉原は自信ありげに言い切る。
「遥ちゃんが私たちの元を離れたことは、必ず他の誰かにも影響するはず。
 私たち以外にも、誰か遥ちゃんのせいで割を食う人間が出てくるのよ」
 “誰か”と言いながら、遠くを見ている吉原の目には、その人物がはっきりと映っているようであった。
 目立つ一人をリーダーに担ぎ、自分はその下について暴れる。
 それが吉原の、この団体で身につけた彼女なりの処世術であった。

[PR]
by right-o | 2009-06-07 19:09 | 書き物