「ハードコアタイトルマッチ」 柳生美冬VS????

 とある高級旅館の一室。
 開け放たれた障子の外に裏山の竹藪を臨む二階が、一流選手にあてがわれた部屋だった。
 畳や襖はもちろん、床の間の掛け軸まで何やら高そうな調度品が並び、
 加えて何故か刀までが柱に立て掛けてある。
(不公平… )
 王者・美冬に呼び出された美月は、出された座布団に正座しながらふくれていた。
 一緒に連れてきた相羽の方は、足が痺れて部屋の景色どころではないらしい。
「…つまり、いつ何時誰でも挑戦でき、それに加えてどんな手段を使っても許されるというのか?」
 対して部屋の主は流石に堂々としたものだった。
 剣道着姿で片膝を立て、刀を抱いて床の間の柱に寄り掛かっている姿は、
 胸の綺麗な曲線を除けば時代劇に出てくる剣術書生のようである。
「まあ、そういうことです」
 自分が管理しているベルトを思いがけず獲得した王者に、そのベルトの説明をしている美月としては、
 恐らく美冬は「馬鹿らしい」とでも言って返上するだろうと思っていた。
 何しろ見た目通りの堅物であり、こういうネタに走った試合を行うためのベルトを好むとは思えない。
 しかし、
「常在戦場」
「…は?」
「侍たるものは、常に戦場に在るような心構えでなければならぬ…。
 いいだろう、気に入った。このベルト、私が精一杯守って見せようではないか」
 本人は意外にも乗り気であった。
「はあ…」
「あ、あの」
 と、予想と違う反応に思わず首を傾げた美月の隣で、相羽の足が悲鳴を上げていた。
「もう帰っても、い、いいでしょうかっ。うくっ」
「うむ。それでは明日から――」
 言いかけて、美冬は急に表情を硬くする。
 同時に、ゆっくりと足を崩しながら立ち上がりかけていた相羽の眼前に、
 外から音を立てて飛んできた弓矢が突き刺さった。
「うわっ!…ぐぅっ!!」
「これは…」
 驚いてひっくり返ったついでに、足の痺れで悶絶する相羽を気にも留めない様子で、
 美冬はまず撃ち込まれた方角を見、ついで畳に刺さった矢を見た。
 矢は普通に弓道などで使われるものよりもずっと短く、その中ほどに白い紙が結わえ付けられている。
 それを素早く手に取って開いた美冬は、読んですぐに掌の中で握りつぶし、不敵に呟く。
「面白い…!」
 言うなり傍らの太刀を掴んで部屋を出ようとした美冬へ、美月はつい驚いて声をかけた。
「ちょっ、それ…」
「行くぞ。早速挑戦者のお出ましのようだ。流石に耳が早い」
「いやそれより、その刀って部屋の飾りなんじゃ…」
「私物だ。何を使ってもいいんだろう?」
「あ、はい…。って!?」
 言いながら、美月はカメラ役の相羽を引き摺るようして外へ出た。
 顔からは、珍しくちょっと血の気が引いている。
 何でもありのハードコア戦線に、ついに本物の"凶器"が投入されようとしていたのだった。


「はぁ、はぁ……」
 旅館から外に出た美冬は、矢が飛んできた竹藪の方へ一人でどんどん分け入って行く。
 その後ろを、カメラを持った相羽と美月が必死に追いかけていた。
「むっ」
 突然、足を止めた美冬が刀の柄に手を掛けると、金属音と共に前方の空間で火花が散った。
 と同時に、星形の鉄片がぽとりと地面に落ちる。
「うわっ、なに…!?」
「手裏剣、でしょうか…?」
 動揺する後ろの二人を尻目に、美冬は刀を右手に持ってだらりと下げ、
 自然体のままで竹の下にできた闇の中へ呼ばわった。
「姿を現せ――と言って出てくるはずもないか。
 お前がそう来るのなら、私も容赦はしない」
 美冬の声に応えるように、上の方で竹がぐっと大きくしなる音がする。
 その次の瞬間、今度は大量の弓矢と手裏剣が風を切って飛んだ。
「飛び道具など!」
 向かい来る矢を躱し、手裏剣を刀で弾き落とす美冬の後ろで、
 ついて来た二人は地面に身を投げ出して縮こまっている。
「す、凄い…!」
「っていうか、美冬さんは一体誰と戦ってるの!?」
 上方に目を凝らすと、竹と竹の間を黒い影が飛び回っているのがなんとなく見えるものの、
 次第に濃くなってきた夕闇に紛れてはっきりとは判らない。
 やっていることには心当たりが無くもなかったけれど、彼女ならもっと目立つ色の服装をしているはずである。
「はぁッ!」
 美月達がそんなことを考えている間にも美冬は忙しく立ち回っていたが、ある時ふと飛び道具の雨が止んだ。
「来るか…!」
 精神を集中するように目を閉じ、刀を収めた美冬の周囲で、
 今度は竹だけが音を立てて激しくしなり始める。
「は、早…っ!?」
 竹を蹴ることで加速しつつ美冬の周囲を飛び回っている影が、その軌跡を次第に小さくしていったが、
 美冬はただじっと刀の柄に手を掛けたままで動かない。
 ついに影が背後から襲いかかろうとしたところで、ようやく美冬の瞳が見開かれた。
「そこだっ!」
 腰を切って振り向きつつ、鞘を払った刀を一閃。
 ぎりぎりのところで影と相対する形で交錯した美冬は、刀を横薙ぎさせた姿勢のままで固まった。
「ぐ…っ、見…事……!」
 同じく刃を逆手に振るった姿勢で硬直していた影が、音もなく地面に崩れ落ちる。
 が、美月と相羽が駆け寄った時には、まるで土に吸い込まれたかのように何も残ってはいなかった。
「忍びは、自らの死骸すら隠してしまうものだ」
 血を飛ばすような仕草をしてから刀を収めた美冬を見て、美月は思わず口走った。
「ま、まさか殺…」
「いや、峰打ちだ」
 さっさと踵を返して来た道を戻り始めた美冬に、慌てて美月と相羽が追いすがる。
「それにしても腕を上げたな。良き忍びになった。
 普段のは正に世を忍ぶ仮の姿というわけだ」
 ぼそりと呟いた美冬の後ろに、
(これからどうなるかな……)
(これ放送していいのかな……)
 それぞれに考え事をした二人が、とぼとぼと従って旅館へ戻って行った。


 翌日。
「あら、RIKKAさんそれどうしたの?」
「………」
 とある別の団体の試合前、ド派手な赤い忍び衣装に身を包んだレスラーの脇腹に、
 ちょっとした痣が出来ていたことを気づけた者は、ほとんどいなかった。

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by right-o | 2009-05-17 01:04 | 書き物