「STS」「ゲットースタンプ」 ウィッチ美沙VS栗浜亜魅

 とある団体でのお話。
 
 栗浜亜魅がこの団体に初参戦してから一ヶ月後。
 某都市にある団体の固定会場にて、試合前、彼女はたまりかねた様子でリングに上がってマイクを持った。
「一体いつまでザコの相手をさせるつもりですか?私の力はもう十分に示したハズです。
 私がこの団体に来たのは、ご主人様の命でここにある“あの”ベルトを狙うため。
 資格が無いとは言わせません、今日にでも私をチャンピオンの杉――」
「待つのです!」
 話を遮られた栗浜が、やや眉間に皺を寄せながら入場ゲートの方を見ると、
 同じくマイクを持ったウィッチ美沙が、既にリングの上を睨みながら足早に向かって来ていた。
「あら、誰かと思えばこの前の。
 私に負けた後でいなくなったと聞いていたけれど、今まで一体どこに――」
「美沙と戦うのです!」
 栗浜の話を全く無視し、美沙はいつになく断固とした口調で言う。
「…この前の試合を忘れたんですか?
 まがい物の魔法など私には通用しな――」
「美沙と戦うのです!!」
 何を考えているかわからないように見える栗浜だが、あまり気が長くは無いらしい。
 それとも余程美沙のことが気にくわなかったのか、ともかく栗浜はマイクを投げ捨て、
 眼前に立った美沙の顔を、やや見上げるようにして正面から睨み返す。
 突如降って湧いた対戦要求に対して、呑んでやるという意思を示したのだった。


 前回の対戦で惨敗を喫したことへの雪辱を期す美沙だったが、
 滑り出しから栗浜はその気迫を挫きにかかる。
「ふふっ」
 開始直後のほとんど奇襲と言えるタイミングで、顔面への助走付き正面飛びドロップキック。
 たまらずコーナーへ吹き飛んでダウンした美沙に向かい、さらに容赦無く蹴りかかった。
 美沙が、胸板や顔を蹴られつつも必死で立って向かって行こうとするところを、
 栗浜は笑いながら前蹴りで突き放し、転ばせる。
「ふふふ、前より酷いんじゃないですか?」
(痛い……恐い……っ!)
 自分より一回り小さい相手にいいように扱われ、今にも泣き出しそうな顔になりながらも、
 美沙は歯を食いしばって立ち上がり、果敢に栗浜へ向かって行った。
 
 魔女と魔術師の戦いが、まず一方的な展開になったのは、もちろん最初の奇襲による。
 しかし、正々堂々と戦ったところで結果は前回と変わらなかったかも知れない。
 打撃に限らずほとんどの点で栗浜の方が上であることに加え、栗浜には「魔法」があった。
 側転からの串刺し延髄斬り、ロープを挟んで極めるドラゴンスリーパー、
 そして前回の決め手となったフェイント付のシャイニングウィザード。
 独創的で予測不可能な動きこそが栗浜の持ち味であり、
 またこの団体でやっていくことに対する自信の根拠でもあり、同時に美沙に大きく欠けている点でもある。
 これは身体能力がどうというより、発想の問題だった。
 ここまでどちらかというとキャラクターに頼ってやってきた美沙は、今のところついて行くのが精一杯である。

 ただ、美沙にも魔法はあった。
 それは、華やかに繰り出される栗浜の魔法に対し、本当に地味な形で発現する。
(おかしいのです…)
 ロープ際に追い詰められたあと、反対側へ振られそうになったところを逆に振り返した時、美沙は感じた。
 栗浜の抵抗が弱かったのだ。
 これまでかなり強引に試合を進めてきた栗浜なら、どういう手を使ってでも美沙の反撃を封じるのが当然で、
 今さら受けに回るという殊勝なことをやるとは思えない。
 とすれば、罠に誘われているのではないか…と、ロープに向かう栗浜の背中を見送りながら、
 美沙はほんの一瞬でそんなようなことを直感した。
「ハッ」
 案の上、セカンドロープに飛び乗ってから反転しての延髄斬りを放ってきた栗浜の下を、美沙は身を低くしてやり過ごす。
「うっ!?」
「逃がさないのですッ!!」
 そして初めてマットへ這いつくばった栗浜の背中へ覆い被さり、動きを封じた。
 といって、立たせまいとする以外に何をしようということもなかったが、
 とりあえず左足を自分の両脚でロックし、STFのような形になりかける。
(ん?)
 魔法に続いて、美沙は閃いた。
 起き上がろうともがいて持ち上がった栗浜の上半身へ腕を回し、
 首を背後から小脇に抱える形でドラゴンスリーパーに捕らえたのだ。
「なに……っ!?」
 前回栗浜が美沙を破ったキャメルクラッチ式のドラゴンスリーパーを発展させたとも言うべき、STF式のドラゴンスリーパー。
 まともならまず脱出不可能なサブミッションに、形成は一気に逆転したように見えた。
「ぐぅっ…!」
 首と足を極められつつ背中を弓なりに反り上げられ、流石の栗浜も苦悶の声を上げる。
(絶対に、放さないのです…!)
 もちろん、美沙の方はそう思って腕に一層の力を込めたが、同時に周りが見えなくもなっていた。
「あっ!?」
 栗浜が、首に回っている美沙の腕を外そうとしていた右手を不意に上へ伸ばし、美沙の顔へ爪を立てて引っ掻いたのだ。
 ただ相手を怯ませるための生易しいものではなく、思わず立ち上がってしまった美沙の顔に赤い筋を残し、
 ところどころ血が滲むほどに激しく力がこもっていた。
「このッ!」
 棒立ちになった美沙が我に返ると同時に、栗浜は強烈なソバットを鳩尾へ食い込ませる。
 次いで前傾したところをフィッシャーマンスープレックスの形で持ち上げ、
 頭上で反転させて前方へ開脚しつつ落とす変形のドライバー。
 もう美沙は動かなかったが、あえてフォールへはいかない。
「下衆が…人の技を…!」
 髪を掴んだまま引き摺って位置を調整し、自分はコーナーの上へ飛び上がる。
 最上段から思い切りジャンプし、一片も躊躇無く美沙の腹へ両脚を揃えて着地。
 声にならない悲鳴を上げる美沙に構わず、地面でやるのと同じように膝を大きく曲げて衝撃を吸収し、
 自分の体重を余すところ無く伝えたあと、美沙の上で小さく跳ね上がり、
 今度は同じ場所に尻で飛び乗った。

 
「うっ…ぐっ……!」
 3カウントが入り、ようやく解放された美沙は、
 痛む腹部を庇うように俯せになり、体を丸めようとする。
 しかし、まだ終わりではなかった。
「あらあら、さっきまでの威勢はどうしたんですか」
 口辺に微笑を浮かべた栗浜が美沙の背中に跨り、背後から首を脇に抱える形で腕を回す。
 キャメルクラッチ式のドラゴンスリーパーで垂直近くまで反りながら、
 栗浜はまるで小動物を嬲る子供のように楽しげな表情を浮かべ、締め続けた。
 大ブーイングの中、止めようとするレフェリーを恫喝したりすかしたりしながら美沙を虐めていた栗浜の周囲で、
 ある時、歓声が一気に沸き上がった。
(来たか)
 素早く美沙を解放して振り返った栗浜の目の前には、フードを着た人影が立っている。
 立ち上がるのが少し遅ければ、蹴り飛ばされていただろう。
「ああ、これは」
 何か言いかけた栗浜を無視して、影は美沙の前に膝をついて上体を起こしてやり、
 色んなものでぐしゃぐしゃになって呆けた顔をじっと見つめた。
「そんなのじゃ相手にならないって、わかったでしょう。
 チャンピオンに出てきて欲しいんですよ。杉浦美月さん」
「…あなたに負ける気はしない」
 フードの奥から眼鏡越しの視線が、真っ直ぐに栗浜を見る。
 栗浜はしばらく目を細くして黙っていたが、最後に少し口を開いた。
「あるいは、そうかも。でもその時は、ご主人様が私の仇を討ってくださいます」
 と、そんなやり取りを、黒いフードのついたガウンを目深に被った“ご主人様”が、
 バックステージからじっと見つめていたのだった。

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by right-o | 2009-05-06 01:28 | 書き物