「クラッカージャック」 杉浦美月VSフォクシー真帆

 とあるベルトにまつわるお話。
 黄金に赤で「X」と大きく書きなぐったそのベルトは今、杉浦美月の腰にあった。
 フードがついた袖の無いジャケットを目深に被り、入場ゲートからリングに向かって歩いている。
「フー……!」
 その様子を犬歯を見せて笑いながら、息遣い荒くリング上から見つめているのはフォクシー真帆。
 これまで他団体を主戦場にしながら、ファンの間でこのベルトへの挑戦が長く望まれていたレスラーである。
(そこそこ動けそうだけど、力も強いか…?)
 そんなことを考えながら、美月はリングの手前で立ち止まった。
 データに頼らなくなって久しい美月には、無論初めて戦う相手のスタイルなどわからない。
 しかし、
(何にしても、負ける気はしない!)
 上着と眼鏡を投げ捨て、ベルトを外してリングへ飛び上がる。
 抜群の身体能力とプロレス頭に支えられ、今の美月には揺ぎ無い自信が備わっていた。


「ハッ」
 ゴングを待たずに身を屈めて突進してきた真帆を大きく飛び越え、
 ロープを背負ったところへトーキックを入れて反対側へ振ると、跳ね返ってきた相手の顔面を撃ち抜く打点の高いドロップキック。
 少々身の軽いレスラーなら誰でもできる単純な動きながら、
 美月の場合、微妙な緩急がついてなんとも言えず華麗に見える。
「むぅッ!」
 すぐさま起き上がってまた突っ込んできた真帆へ見事な払い腰を決め、
 左腕を頭に回してグラウンドのヘッドロックへ移行。
 まるで闘牛士のように暴れ狐をあしらいながら、まずは美月が試合をコントロールする。

(何もできないようなら、このまま押し切ってやる!)
 強気に攻めている美月は、リングの真ん中でダウンさせた真帆を尻目にロープを飛び越えてエプロンに立った。
 次いでリング外からロープに飛び乗り、大きくジャンプ。
 相手の起き上がりと同時に勢いをつけて前腕を叩き込むのが美月のオリジナルムーブの一つだったが、
 流石に真帆もやられっ放しではない。
「捕まえたぞっ!」
 折り畳んだ美月の腕が届くより早く、真帆の両手が空中の美月の首を捕らえた。
「うわ…ッ!?」
 数歩後ろへ下がりつつ背中を反り、美月を背後に放り投げた。
 ネックハンギングツリーからフロントスープレックスの要領で空中に送り返された美月の体は、
 ロープの上をを大きく超えて場外に落下。
 どうにか受身は取れたものの、腰と背中を固い床に打ちつけられてしまった。
「っ痛……」
 そして美月がなんとか体を起こし、リングに戻ろうと顔を上げた瞬間、
「うりゃああああああっ!!」
 トップロープとセカンドロープの間をすり抜け、リング内からロケットのように飛んで来た真帆と正面から激突。
 真帆の体格と勢いに弾き飛ばされた美月は、客席の中まで吹き飛ばされていった。

「まだ終わりじゃないぞ!」
 ふらふらの美月を引き摺ってリングに帰って来た真帆が、客席に向かって首を振った。
 仕留めてきた獲物をリングの中心に引き出し、最後の仕上げにかかろうとする。
「ヤッ」
 真帆は、タイガードライバーの体勢から一息に美月を持ち上げ切り、
 そのまま小さな獲物を右肩の上に担ぎ上げた。
 前に投げるか、真下に叩きつけるか。
 どちらにしても持ち方を変えるため、真帆はほんの一瞬だけ手を放さなければならない。
(甘い!)
 と、そこを美月は見逃さなかった。
 すかさず体をくねらせて真帆の背中を滑り降り、背中合わせに着地。
「ん!?このっ…」
 真帆が振り向いた時には、もうその視界に逆様になった美月の靴で一杯になっている。
 これ以上無いタイミングで美月のオーバーヘッドキックが決まり、真帆は思わず膝をついた。
 が、まだまだ余力十分にある。
「終わりッ!」
 そう叫んで美月が真帆の頭を両足の間に挟んだ時、
(舐めるな!)
 と思うのが当然だった。
 パイルドライバーをリバーススープレックスで返そうとする真帆の力を利用し、美月は前方に一回転。
 頭を股に挟んだまま前に尻餅をつくことで、見事にパイルドライバーの形で真帆をマットにめり込ませた。


(これだから、やめられない…!)
 ふくれっ面をして首を押さえている真帆を尻目に、美月はコーナーに上がって歓声に浸っていた。
 とは言え、この歓声が自分だけに向けられているわけではないことも、美月はわかっている。
 美月は、ちらと後ろへ目配せをしてみせた。

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by right-o | 2009-04-23 22:22 | 書き物