「アイオブザハリケーン」「ファイナルカット」 ボンバー来島VS橘みずき
リングの上で、来島は入場してくる対戦相手に目を見張った。
フワフワしたピンクのスカートに、白と赤のボディスーツのような上半身。
それに髪と同じ色の大きなマントを翻している。
「最近じゃ、アニメとタイアップしてるレスラーもいるって話だけど…」
あんなキャラクターは見たことが無い。
「正義の鉄槌、受けてみなさい!」
花道が終わったところで来島を指差し、決め台詞をビシッと決めたみずきに対し、
来島はどうしていいかわからず、ただ頭を掻いていた。
(う~ん…)
この団体の「番人」と呼ばれ、これまで何人もの初参戦レスラーの壁となってきた来島でも、
今回のような相手は初めて当たるタイプであるらしい。
とはいえ、対処に困るのは試合が始まる前までの話。
(お、結構動けるな)
ベテランの域に達している来島は、冷静にみずきの能力と技術を体感しつつ、
自分を撹乱しようと動き回る相手に対し的確に対処していた。
長年の経験をほこる来島が、肌を合わせた上で「うん」と言えば、
その対戦相手はこれから団体で使ってもらえるのである。
守るだけが番人の仕事ではなかった。
ちなみに、もちろん来島を倒してしまえば文句ナシの採用となるわけだが、
それが出来た者はほとんどいない。
(まあ、退屈するまでは受けに回ってやるか)
という来島の気分が終わったあと、大抵はその右腕の錆にされてしまう。
その来島のスタンスは、当然みずきが相手であっても変わらない。
ゴングさえなってしまえばキャラクターは関係無く、物を言うのは互いの力と技あるのみ。
――で、あるはずだった。
「っと!?」
起き上がり様、みずきから唐突にシャイニングウィザードを浴びせられ、
来島は仰向けになってダウンする。
(そろそろ反撃かな)
しかし、今度は奇襲を警戒しつつ片膝をついた来島に背を向け、
みずきはコーナー脇のロープを軽やかに飛び越え、エプロンに着地。
(ん?)
飛び技か、と、急いで立つべきかどうかを考えている来島の前で、
何を思ったのか、みずきは試合前に一度脱いでコーナーに掛けていたマントを取って羽織り、
自分の両肩にパチパチとボタンで留め始めた。
「おいおい、今度はなんだよ…」
呆れた来島が普通に立ち上がると同時に、マントを固定し終わったみずきはふわりとコーナー上に飛び上がり、
リング内の来島を見下ろす形で視線が合う。
「な…!なんで立ってるんですかッ!?」
「いや、なんでって言われてもよ…」
「そこは待ってなきゃダメでしょ!正義の味方と戦う悪役的に考えて!!」
「無茶苦茶言うな!だいたい…」
誰が悪役だよ、と言う前に、
「あー、もういいですっ!!」
高所から下りるに下りられなくなった正義の味方が、ヤケを起こして悪役に飛び掛った。
が、何だかいわく有り気なマントを羽織った甲斐も無く、来島の右腕に喉を鷲掴みされて停止。
「終わりっ…!?」
しかし、そのままチョークスラムで持ち上げられかけたところで、
正義の味方の小さな右腕もまた来島の喉を掴んでいた。
「正義の味方は、力でも負けませんっ!」
(…オレを上げようってのか!?)
互いの首を掴み合ったままで対峙する両者に対し、ここで客席から子供の声で、
「がんばれー!!」
という声援がかかる。
「はいっ!!」
「………」
満面の笑みで振り返りつつサムアップしたみずきを、来島は無言でマットから引っこ抜いた。
そのまま叩きつけられて終わりかと思われたが、流石に声援を受けると正義の味方は違う。
持ち上げられると同時に自らマットを蹴って飛ぶと、
来島の側面から背後に回り込みつつ巧みに左腕を首に巻きつけ、ドラゴンスリーパーの体勢で着地。
「正義は、勝ぁつ!!」
そのまま体全体を左に素早く回転させ、
右腕でショートレンジラリアットを食らわせる形でマットに引き倒す。
この一発は、来島を危ういところで2.9まで追い詰めた。
「ちょっと!今のは絶対にスリーですよ!正義の味方に嘘をつくんですか!?」
微妙な判定に納得がいかず、レフェリーに食って掛かったみずきは、
周囲の状況がわからなくなるほど熱くなっていた。
客席から「後ろ後ろ」と教えられても気付けないほどに。
「ここは悪の巣窟ですか!?皆で私をハメようと……ッ!!?」
ゆらり、と何事も無く復活した悪の親玉が、背後から左腕を回してみずきの首を小脇に抱える。
「なかなかイイ技だったけどよ…決めるにはちょっとばかし、腕力が足りねぇなッ!」
ドラゴンスリーパーの体勢から、体を半回転させてのショートレンジナパームラリアット。
後頭部をマットで弾ませながら倒れた正義の味方は、完全に沈黙。
「…ま、一応は合格だけど、この技はオレがもらおうかな!」
豪快な一発に場内が湧き上がる中、
悪役は大きく拳を突き上げて満場の歓声に応えた。