「PK」「ヘルム」 葛城早苗VS桜井千里

 とある興行でのお話。
 複数の団体とフリー選手が集められ、十試合以上が行われたこの興行の中に、
 何気なく組まれたシングルマッチがあった。
 メインやセミではなく、かといって第一試合でもない。
 会場を温めるための試合というわけでもなければ、熱戦が続く中に挟まれた束の間のお笑いマッチでもない。
 要は余った人間で組まれた試合であった。
 他のカードからあぶれた二人が丁度同格ぐらいだったのをいいことに、
 「なんとなく」セットされたシングルマッチ。
 プロレスの興行とはわからないもので、そんな試合がこの日最もファンの注目を集めることになる。


 ゴングが鳴ったあと、リング上の二人は暫く構えたままで向かい合った。
「………」
 睨み合っているわけではなく、ただ自然体のままで落ち着いた視線が交錯する。
 そんな中、まずは桜井のオープンフィンガーグローブを嵌めた拳が音も無く伸び、ガードを上げていた葛城の腕に触った。
 脇を締めてやや腰を切る、プロレス的な「パンチ」というより、
 ほとんどボクシングのジャブと言った方がいいような桜井の牽制が、葛城のディフェンスに捌かれていく。
 直後、今度は葛城が動きを見せた。
 これまたおよそプロレスの試合では目にしない、右足で相手の右の内股を狙った実戦的なローキック。
 が、桜井は左足を少し上げて難なくこれをカットする。
「………」
 言ってみれば、好試合の伏線はこのあたりにあった。
 お互いに、良く言えば妥協の無い、悪く言えば観客を無視しているようなスタイル。
 プロレスラーでありながら魅せる試合をせず、最短距離で勝利を目指す二人だからこそ、
 互いに道は絶対に譲れない相手であり、同時に最も噛み合う相手でもある。

 涼しい顔をしながらも全く引かない打撃戦は、徐々に熱を帯びていった。
 様子見が終わり、桜井が拳だけでなく肘まで使った攻撃を見せれば、
 葛城は強引に首相撲に持ち込んで膝蹴りを連打。
 相変わらず表情は落ち着いているものの、二人ともその裏には明らかに「引かない」という意地が見て取れる。
 このままどちらかが倒れるまで蹴り合い殴り合いが続くかと思われたが、
 五分に見えた試合の流れを傾けたのは、打撃以外の技術であった。
 中盤、まず葛城の腕を掻い潜って桜井が両足タックルへ。
 しかしこれを冷静に対処した葛城は、慌てることなく逆に桜井を引き込む形で胴締めのフロントネックロックに切り返して見せる。
「っ……!」
 この試合で初めて明らかな優勢劣勢が現れた場面でも、葛城の表情はやはり変わらない。
 対して桜井は流石に苦しそうに汗を滲ませ、どうにか自由な両足をロープへ伸ばそうと足掻いた。
 桜井の爪先がサードロープに触れたことでレフェリーがブレイクを告げたが、
 もちろん葛城は一度引き寄せた流れを簡単に手放しはしない。
 首の拘束を解かれ、すぐに立とうとした桜井の背後から細い腕がするりと回り、流れるようにスリーパーホールドへ移行。
「ちっ…!」
 なんとか首と葛城の腕の間に指を差し込んで抵抗できたものの、流石の桜井にも焦りの色が浮かぶ。
 が、葛城は極まり具合が不完全と見るや腰を落とした桜井を一瞬で解放し、同時に素早く前方のロープへ走った。
「ハッ!」
 反動をつけて戻ってくると、首から上に血が戻りきらず立ち上がれない桜井の胸板へ、
 勢いと体重を乗せて渾身のローキックを蹴り込む。
「かはっ…!?」
 音を立てて仰向けに転がった桜井の首へ、右膝を乗せて片膝立ちでフォール。
「ぐ…ッ!」
 カウント3の直前、桜井はらしくもなく感情を出して大きく肩を上げて見せた。
 続いて歯を食いしばりつつ立ち上がると、起き上がりを狙って放たれた葛城のハイキックを首に力を入れて耐え、
 蹴り足が戻る前の無防備なところへ顔に右肘を叩き込み、目尻を横に切り裂いた。
「……!」
 これで葛城の方にも火がついたのか、それまでの洗練された攻防から一転、
 両者リング中央で完全に足を止めての殴り合いが始まる。
 同時に試合の裏で静かに高まっていた観客のボルテージも一気に爆発し、盛り上がりはいきなり沸点に達した。
 そんな中、コンビネーションの合間を縫って放たれた桜井のハイキックが葛城の脳を揺らし、
 構わず前に出ようとした葛城の足をほんの少しもつれさせる。
 すかさず足を払って尻餅をつかせた桜井は、正面から葛城の両頬を一回ずつ、足を使って思い切りひっ叩いた。
「…効くかぁッ!」
 顔を左右からローキックで蹴られながら、葛城もまだ引かない。
 しかし、立ち上がるために膝をつこうとしたところで、
「倒れろッ!!」
 短い助走をつけた桜井のニーリフトが額に直撃し、意地も何も無く強引に葛城の意識を断った。



 試合後、担架を拒み自分で歩いてリングを降りた葛城は、
 花道の途中で顔半分だけ背後を振り返った。
 リングの上、無感動に勝利を味わっている桜井と目が合う。
(次は……!)
 ギリ、と一つ歯軋りをして葛城は歩き始めた。
 観客の盛り上がりを見る限り、「次」はそれほど遠くない内にやってくるのだろう――
 とかいうことは、葛城も桜井も考えない。

[PR]
by right-o | 2009-03-31 01:37 | 書き物