「スウィートチンミュージック」「トルネードクローズライン」 ミシェール滝VSローズ・ヒューイット

 とある大きな団体でのお話。
「おーほっほっほっほ!」
 縦ロールの金髪をした派手な女子レスラーが、リング上で高笑いを上げていた。
 ――と言うとつい別人を思い浮かべてしまいそうになるが、この彼女は二人の供を連れている。
「静粛に!今からお嬢様の有難いお言葉がいただけますわ!」
「地べたに這いつくばって、一言一句聞き漏らさないよう心なさい!」
 観客を叱りつけて静かにさせたメイドからマイクを受け取り、当のお嬢様が口を開いた。
「辺鄙な島国の皆様、ごきげんよう。ワタクシこそが、世界最強にして最美麗、
 過去、現在、そして未来永劫にわたって最高のレスラー、ローズ・ヒューイットですわ!
 今回はこの団体からの『どうしても』という懇願に応じて、わざわざ日本まで出向いて来ましたの。
 さあ、このワタクシを直に目にできる幸運を噛み締めながら、感動にうち震えなさい!!」
 そんなローズの言葉とは逆に、いきなり現れて上からものを言う外人レスラーに対して、
 観客達はとりあえずお約束のブーイングを送る。
「無礼者っ」
 と、声を上げて観客を叱ろうとしたメイド達を、ローズは手で制した。
「ふふ、構いませんわ。慈悲深いワタクシには、ここに集まった庶民達の気持ちがよくわかりますもの…」
 自らの決めセリフを前に、ローズはやや間を置く。
「…“嫉妬なさい!”このワタクシの、富と才能と美貌を!!」
 荘厳なテーマ曲がかかり、言うことを言ったローズが満場のブーイングに手を振って応えながら引き上げようとした時、
「待ちたまえ、キミ達!」
 ローズ一行の行く手を遮るようにして、同じく無駄に豪華な入場曲と共にミシェール滝が入場ゲートから姿を現した。
 彼女の登場に、会場は一転して大歓声に包まれる。
「誰だか知らないけど、今のはちょっと聞き捨てならないな。
 ここにいるバンビーノ達の前で、はっきりさせておこうじゃないか」
「だ、誰ですのアナタ!?このワタクシにケチを…」
 既に目の前のローズを全く無視して自分の世界に入っている滝は、いつもの調子で観客に語りかけた。
「まず、世界で一番美しいのは誰だい?」
『滝様!』
「世界で、ああ、最も華麗で、メインイベントにふさわしいのは誰だい?」
『滝様!!』
「今宵も…ああ、罪つくりにも子猫ちゃん達のハートと一緒に、
 ショーの全てを盗んでしまうのは誰だい?」
『滝様!!!』
 半ば本気の女性ファンと、ノリのいい男性ファンとが一体になって作り上げる「滝様劇場」が、
 今日も一糸乱れぬ見事さ繰り広げられる。
「…というわけで、キミは世界で二番目のようだ。まあお金に関しては譲ってもいいけどね」
「きぃぃぃぃぃ!初対面でこのワタクシを愚弄するとは…!
 いいでしょう、どちらがより強く美しいか、今夜この田舎者達の前でハッキリさせてあげますわ!!」
 と、こういう経緯で、この団体始まって以来の“濃い”顔合わせが実現することになったのだった。


 試合そのものは意外にも噛み合いつつ進んだ。
 どちらも力攻めせず、技術と美しさを競い合う華麗な試合がしばらく続く。
 が、それも中盤まで。
 試合が長引くにつれて、次第に痺れを切らしたローズの“地”が現れ始めたのだ。

「フンッ」
 コーナー上から飛んでのフライングボディアタックを敢行した滝の体を仁王立ちで受けたローズは、
 それを軽々と持ち直し、頭を右手側にして自分の体と垂直に交差する形で持ち直す。
「ええい、面倒ですわ!一息に楽にして差し上げますッ!!」
 そのまま体を捻りつつ左手を放すと、滝の体を首に引っ掛けた右腕一本で振り回し、
 最後はラリアットで引き倒すような形でマットに叩きつけた。
「ぐッ…!」
 しかし、場内に響いた黄色い悲鳴に応えるように、滝はなんとか2.9で肩を上げる。
「バカな!?カウントが遅いんではなくてッ!!?」
「バンビーノが呼ぶ限り、私は何度でも立ち上がるさ…!」
「くぅぅぅ…!!」
 続いて力任せにロープへ振ったローズに対し、
 滝は反動を精一杯に利用して飛び掛り、不意を突いて前腕を顔面に叩きつけた。
 相手と同時に自分も倒れ込みながら、滝は力を振り絞って華麗なヘッドスプリングで立ち上がる。
「幕引きにしよう!」
 ローズが立ち上がるのを待ち構え、滝はコーナーの前へ。
 そこでローズの方を向きつつ、右足を持ち上げてトンと鳴らした。
 それを見て、会場の盛り上がりは最高潮を迎える。
 ゆっくりから次第に間隔を詰めて、しかしあくまで優雅に、
 何か音楽を奏でているように打ち鳴らされる滝の右足は、マットを踏む動作だけで観客を引きつけている。
(これは…マズイ!?)
 場外にいたメイドの一人が、異様な雰囲気を察して不穏な動きを見せていたが、
 そんなことは滝にとってどうでもいい。
「いくぞっ!」
 ローズが完全に起き上がったところを狙い、溜めに溜めて放つ渾身のトラースキック。
 が、ローズはあっさりと身を屈めてこれをかわした。
「誰が当たるものですか!」
 すかさずトーキックを入れて怯ませ、さあどうしようかというところで、
「お嬢様っ!!」
 供のメイドの一人、ファントムローズ2号がエプロンに上がり、客席から調達したイスを構えていた。
 しかし、別に支持を出したわけでもないローズは、
 つい中途半端に滝をメイドの方へ振ろうとして逆に振り返されてしまう。
 結果、
「うぎゃっ!?」
「あうっ!?」
 主従は額を突き合わせて正面衝突し、2号はイスを振りかぶったままで場外に消えた。
「くっ…やはり助けなど借りずとも、初めから私一人で…ッ!?」
 ぼやきながら振り返ったローズの顎を、綺麗に伸びた滝の右足が打ち抜く。
 続いて天空の羽衣が華麗に舞い、ついに勝負の幕が下りた。


「余計な手出しさえ無ければ……ッ!覚えてなさい!!」
「おやおや、言い訳とは美しくないな」
 余裕たっぷりに敗者を見送ったあと、滝は改めてマイクを持ち、どこからか一本のバラを取り出した。
「ありがとうバンビーノ、キミ達のためなら私は何度でも立ち上がるよ…」
 そう言って投げたバラに、客席中が波打つようにして女性ファンが群がっていく。
「おいおい、あまり焦ってはいけないよ…」
 低迷していると言われる業界にあって、滝が一人で新たな客層を開拓しているこの団体だけは、
 不況の波とは全く縁が無かった。

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by right-o | 2009-03-20 23:25 | 書き物