駅伝前夜~ヒューイット邸にて~

「フン……意外と大したことありませんわ」
 ヒューイット家、居間。
 豪壮な家具と暖炉、壁に掛かった名画を目にしたところで、それらに驚く者は誰もいなかった。
 ソファーに向かい合わせで座っているのは、日米の名だたる名家のご令嬢達。
「日本の、それも田舎から出てきたような人間には、見ているものの価値がわからないんでしょう?
 そのサイタマとかいう場所からここまで、一体何日かかったのかしら」
「ハッ、移動時間の大半はアメリカの空港に着いてからの陸路ですわ。
 あなたこそ田舎の安い土地を買い占めただけではなくて?」
 駅伝のチームとしてエントリーされたものの、初顔合わせからこの調子では到底チームワークは望めそうに無い。
 こうなることが初めからわかっていながら彼女達が一同に会したのは、
 ひとえにただ走る順番を決めるためであった。

「当然、アタシがアンカーよね!」
「「ハァ?」」
 主人の従者たるメイド達がまず1~3区を走り、「どこでもいい」とばかりに北条と伊集院が5、7区を選択する中、
 最後のトリを飾る8区を巡って3人が揉めている。
「ソフィア、バカも休み休み言いなさい。アナタのようなちんちくりんの出る幕ではなくってよ。
 ラストはこの美しい薔薇、ローズ・ヒューイットが華麗な走りを披露する場と決まって…」
「お黙りなさい。どこをどう考えても、勝つためにはこの私を最後に配する以外の選択肢があろうはずはありませんわ!」
「うーるーさーいー!アタシが最後ったら最後なのよ!!」
 このままギャーギャーと不毛な言い争いが続くかと思われた時、
 脇に立っていたメイド達が、それぞれの主人の袖を引いた。
「お嬢様…」
「なんですの?臨時雇いメイドの桜崎」
「説明的な台詞をありがとうございます。此度の駅伝についてなのですが、
 お嬢様におかれましては、6区を担当なさるのがよろしいかと思われます」
「なんですって!?どうしてこの私がそんな繋ぎの位置を…」
「お聞きください。この駅伝、僭越ながらこのようなメンバーで勝てるほど甘いものではありません。
 チームとしての勝ちを諦め、個人の記録のみを追及されるべきかと。
 であれば、お嬢様にアンカーたる8区はふさわしくありません」
「ふん……随分な言い草ですわね。何か確証があってのことかしら?」
「は…。こちらをご覧ください」
 桜崎が取り出したのは、表に「ミツキホールディングス」と書かれた分厚いファイル。
 見れば反対側でも、ファントムローズの2人が同じものを手にしている。
「信頼できる筋から入手したデータにございます。
 これによれば、残る区間の中では6区が最もお嬢様向きである由」
「…わかりましたわ。今回はお前の進言を容れましょう」
「ありがとうございます、お嬢様」
「ねー、ちょっとローズもイチガヤも何内緒話してんの!?誰が何て言ってもアンカーはアタシだからね!!」
 こうして、ソフィア・リチャーズは8区をぶっちぎりの逆区間賞で走り終えた後にゴール地点で倒れ、
 そのまま救急車で病院へ搬送されることになる。
 彼女と他の2人を分けたのは、情報と、優秀なメイドの存在であった。

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