「ハードコアタイトルマッチ」 第9代~第10代

 初代から八代目まで、一度も観客の目に触れることなく王座の移動が繰り返されてきたハードコア王座だったが、
 九代目の越後で初めて、チャンピオンと共にベルトがリングに上げられた。
「このベルトが欲しいヤツは、どこからでもかかって来るがいい!!」
 ある興行の休憩明け、越後はレフェリーシャツ姿の美月を伴ってリングに立っている。
 この日試合の無かった越後は、「いつでも誰でも挑戦できる」というルールを逆手に取り、
 観客の前でバックステージにいる選手全員に対して挑戦を呼びかけることで、強引に自分の出番を作ったのだ。
(ここに来てようやく、マトモな試合を裁けそうですね…)
 片手にベルト、片手に竹刀を持って肩に担ぎ、入場ゲートを睨みつけている越後の姿は、
 今までの誰よりも王者らし見えて、美月はちょっと感動していた。


 しばらく間があったあと。
 まずは会場に村上姉妹のテーマ曲がかかり、エントランスに村上千秋が姿を現した。
「ずいぶん自信ありそうだなオイ。でも何でもアリの試合ならアタシの方が上だぜ。
 今からそっち行って、そのベルト引っぺがしてやるからな!!」
 ひとしきりマイクでがなり立て、イスを構えてリングに向かう姿勢を見せたが、越後は動じない。
「上等だ。やれるもんなら――」
 言いながらベルトを捨てて両手で竹刀を握ると、密かにリングへ忍び寄り、背後から襲い掛かってきた千春に対し、
 振り返り様にその額へ鮮やかな面を決めて打ち倒した。
「やってみろ。ただし、自分一人でな!」
「チッ…!覚えてやがれッ!!」
 自分が越後の気を引いている間に背後から襲わせる、という作戦が破れた千秋はさっさと背中を向けて帰ってしまい、
 越後は打ち捨てられた千春を足で場外へ転がしながら、もう一度リングの上から全ての選手を挑発する。
「どうした!反則無しのルールで私と戦う度胸のあるヤツはいないのか!?」
(難しいかな)
 勢い込む越後の隣で、美月は冷静に分析していた。
 考えてみると、越後に勝てそうなレベルの選手は今日もそれぞれに試合がある。
 試合が無くて暇してるような、中堅以下の選手達にとって越後はちょっと手強い。
 それでもベルト欲しさに挑戦してくるのは、村上姉妹のように特殊ルールを活かした作戦を立ててくるタイプか、
 もしくは結果を省みずに玉砕覚悟で挑んで行くタイプ。
(あるいは、誰か大物が気まぐれを起こしでもしないと)
 そう美月が一人で結論づけた時、正に文字通りの“大物”が入場ゲートの暗幕からぬっと顔を覗かせた。

「あ、すいません~」
 大空みぎりが、何故か謝りながら、ドスンバタンと走ってリングに駆け寄った。
「もう始まってるなんて知らなくて…まだ大丈夫ですよね?」
「は?あ、みぎりさんは…」
「なるほど、大空か」
 美月が何か言いかけたが、その前に越後が割って入る。
「相手にとって不足は無い。上がれっ!」
「は~い。よい、しょっと」
 いつも通り窮屈そうにロープをくぐった瞬間、越後が竹刀を振りかぶったのを見て、
 みぎりは慌てて場外に転がり落ちた。
「きゃっ!?危ないじゃないですかー。そういうことするなら、私だって…」
 そう言うと、足元に倒れていた千春を拾い、それを両手に持って高々と頭上に掲げて、
「ええーいッ!!」
 リング内の越後目掛けて力一杯放り投げた。
「ぐえっ!」
「うわっ!ちょ、どけッ!!」
 放物線を描いて飛んできた千春に圧し掛かられ、越後は竹刀を取り落とす。
 そしてどうにか千春を押しのけて立ち上がると、
「捕まえましたぁ」
 もう190cmが目前に迫っていた。
「ぐっ!?」
 巨大な手で越後の喉を鷲掴みにし、一気に頂点まで持ち上げて無造作にマットへ投げつける。
 笑顔で放たれたチョークスラム一発で、越後は沈黙した。
 が、みぎりはフォールに行かず、その場でぼーっと立ったまま首を傾げてしまう。
「あれぇ、でも…今日の相手は越後さんではなかったような気がします。変ですね~?」
「あのー、そのことなんですけど…」
 どこで口を挟もうかと思いつつ見ていた美月が、ここでようやくみぎりを見上げて声をかける。
「みぎりさんの試合は次です。
 私達、勝手にリングを使ってたようなものですから、みぎりさんとは何も関係ありません」
「え~!じゃあ…どうしましょう?」
 別にどうする必要も無いのだが、みぎりは一人でオロオロと慌てている。
(この人がチャンピオンだったら何かと苦労しそうだし、ここは越後さんを連れてさっさと帰るが得策…)
「あっ、わかりました!ちょっと待っててください」
 美月の考えを見透かしたようなタイミングで何かを閃いたみぎりは、一旦リングを下り、
 しばらくして、いつも入場の際に連れているクマのぬいぐるみを持って上がってきた。
「それ、まさか…」
「今の試合はこのコが戦いました~、っていうのは、ダメですかぁ?」
 大の字の越後の上にぬいぐるみを乗せ、みぎりは屈託無く笑う。
(時々わからない人だとは思ってたけど…)
「ダメじゃ、無いです…」
 頭を抱えつつ、美月はカウントの姿勢に入らざるを得ない。
 三つ入り、ここに新王者が誕生した。

クマのぬいぐるみ○ (体固め) ×越後しのぶ
※みぎりのチョークスラムから。 ぬいぐるみが第10代王者に。

「え、ベルトまで頂けるんですかぁ?ありがとうございます~」
「どういうことかは後で説明しますから」
 とりあえず保護者の方にベルトを渡し、美月は越後を連れてリングを下りる。
(また面倒くさいことになりそうな予感が…)
 節目にあたる王者の今後をあれこれと想像し、美月は一人溜息を吐いた。

[PR]
by right-o | 2009-03-05 23:06 | 書き物