「ブラックマジック」 ウィッチ美沙VS栗浜亜魅

 とある団体でのお話。
(コイツは…イヤな感じなのです!)
 あるフリー選手の対戦相手に選ばれ、リング上でその相手と初めて向かい合った美沙に、魔法が警告を発していた。
 その選手は、美沙より一回り小さな背中をやや屈めて構え、
 なんとなく馬鹿にするような笑みを浮かべながら美沙と向き合っている。
「よろしく…」
 そう言って差し出してきた手を美沙が握った瞬間、
 相手、栗浜はぐっと腕に力を込めて美沙を引き寄せ、耳元に囁いた。
「…マガイモノ」
「なっ!?」
 言ってる意味はよくわからないが、少なくとも言われていい気はしない。
 魔女と黒魔術師。
 名前を一見しただけではイロモノ対決にしか思えないカードだったが、
 少なくとも当人達にとっては、なにやら互いに譲れない因縁めいたものが生まれようとしていた。


 試合はどちらから誘うともなくグラウンドの攻防から始まった。
 美沙が栗浜をがぶりの体勢から下に押し付ければ、
 栗浜は首に回った美沙の手首を取って抜け出し、美沙はそれを前に回転して抜ける。
 キャラ重視のイロモノ対決になるかと思っていた観客の期待を裏切って、意外にもシリアスな幕開けとなった。
 そんな重苦しい展開を破ったのは、栗浜の一発。
「うっ!?」
 グラウンドでは埒が明かないと思ったのか、いち早く立ち上がると、
 遅れて膝をつき立ち上がりかけた美沙の胸板へ、鞭のような蹴りが飛んだ。
 さらによろけた美沙を捕まえてコーナーに振り、串刺し式を狙って追い討ち。
「このッ!」
「…おっと」
 コーナーに突っ込んだところをショルダースルーに返されたが、慌てずにトップロープを掴み、ロープを超えてエプロンに着地する。
「ふふ、どうしました?」
 ロープを隔てた至近距離にいる美沙に向かい、栗浜は不敵に笑いかけた。
「調子に乗るなですっ!」
 挑発に応える形で大振りされた美沙の肘が空を切った直後、
 栗浜はロープから上体を乗り出して、背中を見せた美沙の体を捕えにかかる。
「うっぐ…!?」
「うふふふ…」
 間に三本のロープを挟みつつ、美沙の背中におぶさるような体勢での胴締め式ドラゴンスリーパー。
 どうやってもギブアップを奪えないことは明白だが、
 トップロープの上にはみ出した美沙の首に栗浜の体重がかかり、ダメージは大きい。
 レフェリーのブレイクを無視した栗浜は、たっぷり四秒間この体勢を維持してようやく美沙を解放した。
「ゲッホ、ゲホッ…!!」
「ふふ、いくら何でも、もう少し頑張れるでしょう?紛い物…」
 もうこの辺りまでくると、観客はすっかりこの試合に対する見方を改めていた。
(コイツ、やっぱり嫌な感じなのです…っ!)
 美沙の魔法は、不幸にも当たってしまった。

 その後も栗浜は、自分の力を見せつけるようにして様々な方法で美沙を痛めつけ、試合を支配した。
 それが一番よく現れたのが十分を過ぎた頃。
 美沙を背後から持ち上げた栗浜は、そのまま落とさずにコーナー上へリング外側を向けて座らせたあと、
 いきなり美沙の髪を掴んで頭を後ろから真下に引っ張った。
「うわっ!?」 
 咄嗟にロープとコーナーポストを繋ぐ金具へ両足を絡ませて落下を拒んだ美沙は、
 自然とコーナーから逆さ吊りにされた格好になる。
「ふ……」
 そんな姿を尻目に、栗浜は美沙が足を絡ませた同じコーナーの上にぱっと飛び上がり、
 リング内を向いて、逆さまになった美沙の顔を笑って見下ろした。
「ッ!」
 これに腹を立てた美沙が、急いで一気に体を起こそうとしたのが間違いだった。
 とん、とコーナートップを蹴った栗浜が、腹筋を使って体を起こしかけていた瞬間の美沙の胸板へ、
 両足を揃えて踏みつけるダイビングフットスタンプ。
「がッ!?」
 胸の上に乗られた美沙は強制的に元の宙ぶらりんの状態へ戻され、足が解けてマットへ落下。
「うふっ、単純。…やはり所詮は紛い物です」
 どうにか立ち上がろうとする美沙に対し、栗浜は右足を引いて構える。
 これで終わり、とばかりにハイキックが美沙の頭を打った。
 が、美沙は倒れない。
「まだ…!魔法は負けないのですッ!!」
「うっ!?」
 右ハイキックをくらった姿勢から、相手の伸びきった右足の膝辺りと逆側の脇を抱え込み、一息に背後へ反り投げる。
 美沙必殺の黄泉落とし――キャプチュードが完璧に決まった。
 しかし、
「…油断しました」
 周囲を見ずに必死で押さえ込みに来た美沙に対し、栗浜は冷静にロープへ手を伸ばす。
「くっ、…これからなのです!」
 めげずにすぐ畳み込もうとした美沙が、自分を反対側のロープへ飛ばそうとしたところを踏みとどまり、
 栗浜はすかさず低空のドロップキックを左膝に突き刺して後に飛びのく。
 そして十分に助走をつけて正面から走り込み、立ててある方の右膝の上に自分の左足を掛けた。
(シャイニング――)
 よく考えれば、見え見えのフェイントではあった。
 だが栗浜の一連の動作は考える隙を与えないほど早く、また美沙も疲労していた。
 咄嗟に両腕で顔をカバーし、間に合った、と思った時にはもう遅い。
 腕の向こう、前から来るハズだった栗浜の右足が、不意に美沙の後頭部を襲った。
 栗浜は左足を美沙の右膝に置いたあと、自分の右膝で顔面を蹴る(=シャイニングウィザード)と見せて、
 一度大きく美沙の体を跨ぎ、右足を美沙の背後に落とした。
 その後間髪入れずマットを蹴り、顔面をブロックしている美沙の後頭部へ、
 本来のシャイニングウィザードの軌道を逆から辿るように、右踵でのヒールキック。
 全く予期していなかった一撃に、たまらずうつ伏せに倒された美沙の背中に跨り、
 栗浜は再度、キャメルクラッチの要領でドラゴンスリーパーを仕掛ける。
 懸命に耐えた美沙の背が垂直近くまで持ち上がったところで、ついにレフェリーストップがかかってしまった。


「所詮は、ニセモノの魔法でしたか」
 マットに這いつくばった美沙を、勝者が見下ろしている。
「う…っぐ……」
 手をついて顔を上げた美沙は、一言言い返すのがやっとだった。
「違う…のです」
「ふん」
 鼻で笑った栗浜が悠々とリングを降りたあと、
 美沙は駆け寄ったセコンドや仲間を振り払い、一人で歩いて帰った。
(く、悔しい…悔しいのです…)
 健闘を称える声援も耳には入らず、ただただ、胸の奥がイライラする。
 これまでの何よりも、美沙にとっては今日の負けが悔しかった。

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by right-o | 2009-03-04 00:01 | 書き物