「ダイビングヘッドバット」 ソフィア・リチャーズVSフォクシー真帆

 とある小さな団体でのお話。
 旗揚げ間もないその団体では、所属選手の知名度不足を補うためにアメリカのTWWAと提携を結び、
 毎月ごとに海外から外国人選手を招いていた。
 とはいえ、弱小団体ではメガライトやウォン姉妹のような一流どころには当然来てもらえず、
 来てくれるのは正直なところ二線級のレスラー達である。
 この日、メインイベントのリングに立っているのもそんな一人。

「まったく、なんでこのアタシがこんな小さな会場で戦わなきゃいけないのかしら!」
 ソフィア・リチャーズは、青コーナーに寄り掛かって対戦相手の入場を待っていた。
 ゴスロリ風の衣装に臍ピアス、頭に赤い大きなリボンを巻いた奇妙な出で立ちと、
 他人を頭から見下した小生意気なキャラクターで、先日の初来日から奇妙な人気を集めている。
「…っていうかいつまで待たせるのよ!どうせアタシに秒殺されるんだから、さっさと出てきなさい!」
 入場曲が切り替わってからやや遅れて、と言ってもほんの数十秒だけ間が空いたあと、
 ゲートから花道に向かって茶色い影が一つ吐き出された。
 その影は前傾姿勢のままで花道を全力疾走し、
「とうっ!」
 と、長い髪を靡かせつつ、トップロープを大きく飛び越えてリングイン。
「危なかった!寝坊するところだったぞ!」
 試合への緊張や気負いなど微塵も感じさせないこのレスラーこそ、
 団体のエース、フォクシー真帆である。


 二人はリング中央で四つに組み、力比べの体勢から試合が始まった。
「うう…うぐぐぐ……!」
「ん?全然力入れてないぞ」
 体格にも腕力にも優る真帆があっさりと優勢になり、ソフィアの両手首を下から上へ捻り上げる。
「くっ…こンのッ、馬鹿力っ!」
 たまらずトーキックを入れて手を放したソフィアは、真帆の右手首を両手で取り、
 持ったままでぐるりと回転して腕全体へ捻りを加えた。
「むっ」
 対して真帆は前転してマットへ転がることで腕に加わった捻りを帳消しにし、
 続いてヘッドスプリングで素早く起き上がって逆にソフィアの腕を取る。
 ここまでは、よくある試合序盤の動きだったのだが、
「…なんかつまんないな。思いっきりいくぞっ!」
 言うなり手を放し、ソフィアの体を軽々掬い上げてのボディスラム。
「いっっ!?」
 体をよじって痛がるソフィアを尻目に、真帆は素早くロープへ走る。
 倒れているソフィアと平行な向きのロープを背中に受けると、
 そのままリング中央へ向かって二度、ごろごろとでんぐり返しで転がった。
「ぃやぁッ!」
 ちょうどソフィアの真横で二回転目を終えて両足をつき、
 丸まった姿勢のままでピョンと真上に向かって小さく跳ね上がる。
 そこからさらに空中でぐるりと前転し、ソフィアのお腹の上に背中から飛び乗った。
「ぐぇっ…!?」
 明らかに無駄な動きを含んだ攻撃だが、それだけにソフィアは、
 つい何をするつもりかと観察している内に避けるタイミングを失ってしまった。
(何よ、コイツ…!?)
 このまま一気に畳み掛けてくるかと思えば、倒れているソフィアに背を向けて観客にアピールしている。
 どうやら、ソフィアにとって今夜の相手は今までに戦ったことの無いタイプのようだった。

 その後も真帆の独特な動きとリズムに惑わされっぱなしだったソフィアだが、
 逆襲のチャンスはわかりやすい形で訪れる。
 開始から五分も過ぎた頃、再度力任せのボディスラムでソフィアを叩き付けた真帆が、
 近くにあったニュートラルコーナーを指差し、大技をアピール。
「いくぞー!!」
 そう言ってコーナーへ上ると、その上に立っておもむろに両手を突き上げた。
 そこから、大体コーナー下から計算して自分の身長より少し遠いぐらいの位置へ、
 頭をこちらに向ける形で設置したソフィアに向かい、バンザイした姿勢のままでゆっくりと倒れていく。
 ソフィアは難なく立って身をかわした。
 当然、真帆は何も無いマットへ向かって一人で勝手に墜落。
「…!!!?」
(本当に何なの、コイツ…)
 手足をバタバタさせて悶絶している対戦相手に呆れながらも、ソフィアはこの機を逃さず真帆の右足首を取りに行く。
「何だか知らないけど、これで終わりよこのバカッ!!」
 すかさずソフィア得意のアンクルホールドが決まった。
 真帆が腕を使ってロープへ這い進もうとするのも強引に引き戻し、リング中央をキープ。
「さあもうギブアップしかないわよ!泣いて許しを乞いなさ…」
 試合序盤でいいようにされた恨みを両手に込め、立ったまま全力で足首を捻ってギブアップを迫ろうとした時、
 ソフィアの前でマットに這いつくばっている真帆が動いた。
「うぅりゃっ!」
 両手をついた状態から頭を下に向けて背中を丸め、足を取られたままで前へ回転。
「うわわわっ!?」
 しっかり足首を掴んでいたソフィアはその勢いに引き摺られ、
 途中で手を放しながらも真帆の脇を突っ掛けるようにして前に放り出されてしまう。
 そこでさらに悪いことに、ちょうど首の高さにあったトップロープで喉を強打。
「うっぐ」
 跳ね返ってふらふらと後ろ向きに歩いてきたところを河津落としで倒されると、
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
 妙な調子をつけて腕を振り回した真帆が、ジャンプから両足を揃えて前に投げ出す、独特のギロチンドロップを腹部に投下。
 またもお腹を攻められて悶えるソフィアを尻目に、真帆は改めてコーナーを指差すと、
 ソフィアの頭の上で思いっきり手鼻をかんでからコーナーの上に飛び乗った。
「何回やっても、そんなノロイ攻撃には当たらないわよ!」
 言いながらソフィアが体を起こそうとした瞬間、
「とうっ!!」
 と、コーナーから発射された真帆が、今度はほぼリング中央までの長距離を一直線に飛んで着弾。
 額と額が、ゴツッ、と鈍い音を立てて接触した。
「いっっったぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!!」
「うぐぐぐぐぐぐ……!!!」
 当てた方も当たった方も頭を抱えてひとしきり悶えたあと、
 どうにか当てた方が早く立ち直り、カバーへ入った。


「あんたホンットに覚えてなさいよ!!次は絶対泣かしてやるんだからねっ!!!」
「みんな、勝ったぞ!応援ありがとう!!」
 額に大きなコブを作り、涙声で負け惜しみを叫ぶソフィアに背中を向けて、
 真帆はコーナーに上って客席へ手を振っている。
「ちょっと聞いてんの!?ねえッ!!?」
「真帆はまだまだ強くなるぞ!!」
 この全く噛み合わない二人の戦いが名物カードとして定着し、
 いつの間にかソフィアは団体に欠かせない常連外国人になったのだった。

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by right-o | 2009-02-26 23:05 | 書き物