「ハードコアタイトルマッチ」 初代~第2代

 ある時、美月は試合中に腕の怪我を負ってしまった。
 幸い選手生命の大事には至らなかったが、医者の見立てでは復帰まで数ヶ月。
 最近になって腕を吊っていた三角巾は取れたものの、病み上がりだけに無理な練習をするわけにもいかない。
 一人ぽつんと団体の寮にいても仕方無いし、久しぶりに温泉巡りでもして気を晴らそうか――
 そんなことを考えていた矢先、美月は突然社長に呼び出され、
 白黒の縦縞が入ったレフェリーシャツと一緒に一本の小汚いベルトを渡される。
「…何ですか、これ?」
 怪訝そうな顔をする美月に向かい、社長は楽しそうに言った。
「今度新しくベルトを設立しようと思ってね。それで、このベルトの管理を美月にやってもらいたいんだ」
「はあ…?管理と言われても、私は一応現役ですから…」
「いやいや、何も難しいことはないよ。要は、そのタイトルが懸かった試合でレフェリーをやってくれるだけでいいんだ」
 そう言われても、美月はまだ要領を得ない。
「選手として試合をすることができない以上、代わりにレフェリーをやること自体は構いませんけど、
 どうしてわざわざ素人の私がやる必要があるんでしょうか?」
「そこだよ」
 社長は身を乗り出してきた。
「このベルトは、24時間365日いつでも挑戦が可能というルールにしようと思っている。
 例えそれが寮で寝ている時でも、また移動中の車内であっても、
 チャンピオンから3カウントかギブアップを取ったなら、その時点で即座にタイトルが移動する。
 そういう特別なベルトだから、常に選手に近い位置で動ける専属のレフェリーが必要なんだ」
 自分のアイデアを得意気に話す社長の顔を、美月は(正気か?)とでも言うように眉をひそめながら見つめた。


「…と、まあそういうわけで、温泉はお預けになりました」
「ふ~ん」
 その日の夕方、いつものように三人揃って寮の食堂で食事を取りながら、
 美月は相羽と白石に社長からされた話を伝えた。
 目を輝かせて聞いている相羽の隣で、白石は一人もくもくと箸を進めている。
「それで、そのベルトもしかして今持ってるの?」
「え、ああ、ちょっと待ってください」
 床に置いたスポーツバッグをごそごそやってから、美月は焦げ茶色の見栄えのしないベルトと一緒に、
 社長から渡されたレフェリーシャツとハンディカメラを食堂の長机の上に出した。
「へー、これが…。そっちのカメラは何?」
「これで王座奪取の瞬間を証拠として収めておくんです。
 で、それを会場のスクリーンとテレビの映像に流してお客さんに見せる、っていう」
「なるほどー」
 感心しながらも、相羽はべたべたとベルトを触っている。
 まだまだタイトルに縁遠い彼女にとっては、ただベルトというだけで何か惹かれるものがあるらしかった。
「…欲しいなら、あげましょうか?」
「えっ!いいの!?」
「まあ、一応管理を任されてるんで。とりあえず初代王者は好きに決めていいって言われてます」
「ホントに!?」
 無邪気に喜ぶ相羽を見て、美月はちょっと呆れてしまう。
 自分で話を振っておきながら、この単純な友人をなんとか諌めようとした。
「こんな色物ベルト持ってても、ロクなことは無いと思いますよ。
 大体がまだ誰も知らないような王座に何の価値が…」
「でもベルトはベルトだよ!?持ってたらチャンピオンになれるんだよ!?
 それに、次の放送ではボクが初代王者として紹介されるんだよ!!?」
「いや…まあ…そうですけど」
 完全に「ベルト」と「チャンピオン」という言葉にとり憑かれた相羽に根負けし、
 結局美月は相羽を初代王者として認めることになる。

 続いて、その場で早速初代王者を紹介するための映像の収録にかかった。
「えー、ボクがチャンピオンになったからには、これからどんどん防衛を重ねてこのベルトの価値を…」
 ジャージの上からベルトを巻き、食堂を背景に抱負を述べる王者の右手を、
 同じくジャージの上からレフェリーシャツを着た美月が掲げている。
 カメラは白石が担当してくれていた。
(ちょっと白石さん、近い近い)
 締めのセリフに向けてどんどん上がっていく相羽のテンションに釣られるように、
 少しずつ白石の位置が近づいて来ている。
「…だからッ!ボクはいつ何時、誰の挑戦でも受けますッ!!」
 アップで撮られていることでさらに気を良くした相羽が、使い古されたセリフで締める。
 と同時に、なんと白石が、持っていたカメラを躊躇無く相羽の頭頂部へ振り下ろし、
「きゅ~…」
 ゴツッ、という音と共に、目を回した相羽が後ろへばったりと倒れた。
「ちょっ!?」
「…カウント」
「え?あっ、はい」
 すかさずフォールに入った白石とすっかり伸びてしまった初代王者の横で、
 美月が初めての3カウントをぎこちなく叩き、タイトルが移動。
「た、ただいまの勝者および新しい王者は…」
「白石さんです」
 自分で自分を撮りながら、第二代王者は意外に真剣な顔でレンズを見ていた。
(ボーっとしているようで、実はしっかりタイトル欲とか持ってたんだ…。いや、それより)
「う~ん…」
 友達からの凶器攻撃でKOされてしまった相羽が、流石に可哀そうだった。
「いつ何時…って言った直後にやられるなんて、
 幸い食堂に人がいなかったから良かったものの、放送に乗ったら他の皆から笑われるでしょうね」
「レスラーの道は厳しい…誰も信用してはいけない…」
「………」
 どこまで本気なのかわからないが、ほんわかした表情のままで非情な言葉を吐く白石を見ながら、
 美月は彼女への認識を改めていた。
 その一方で、食堂の入り口から一部始終を窺っていた影が一つ。
「ふっふっふ…いいことを聞いたのです」
 影は、早速自分が第三代王者になるべく行動を開始した。

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by right-o | 2009-02-19 23:34 | 書き物