「イグチボム」「ヘジテーションドロップキック」 ジューシーペアVSゴールデンペア 第2戦 Ⅱ

 立ち上がりは全くの互角だった。
 内田対祐希子、上戸対来島が一対一で向かい合う局面が続く限り、
 この試合は容易に終わりそうにない。
 拮抗が崩れるためには、どちらかが大きく動く必要があった。
(そろそろ…)
 意地の張り合いから上戸と来島が同時に腰を落としたのを見て、
 仕掛けるタイミングを窺っていた内田が、ロープをくぐって中に入ろうとする。
 しかし、それよりも反対側の祐希子がロープを飛び越える方が早かった。
「恵理、立って!」
 パートナーを叱咤しながらその上を跳び越すと、リングに入りかけていた内田を場外へ蹴り落とし、
 続けて起き上がった上戸へ、その場で大きくジャンプしてのローリングソバット。
(しまった…っ!?)
 受けて立つ姿勢の王者組を、自分達が掻き回す。
 内田はリング下で、自分が知らず知らずそんなイメージに甘えてしまっていたことに苛立った。
 タイトルが懸かっていることへの意地か、それとも今までいいようにやられてきたことへの鬱憤があるのか、
 今日のチャンピオンはかなり積極的だったのだ。
「いくわよっ!」
「おう!」
 パートナーの援護を受けた来島が、上戸を肩の上へうつ伏せに担ぎ上げ、そのままニュートラルコーナーへダッシュ。
 やや体を前に傾けて、上戸を背中からコーナーポストへ叩きつけた。
「ぐっ!」
 そして逆さまになった上戸の足首を組んでコーナーの裏に引っ掛け、宙吊りにする。
「な、放せっ!」
「嫌なこった。行け、祐希子っ!」
 反対側のコーナーで待機していた祐希子は、ぶら下がっている上戸を指差して手拍子を要求。
 ちらと場外の内田へ視線を送ったあと、対角線を真っ直ぐに駆け出した。
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
 助走をつけ、リングの中ほどで踏み切って跳躍。
 大きな弧を描いてジャンプしつつ、両足を曲げて空中で長い長いタメをつくると、
 コーナー下で逆さまになっている上戸の顔面へドロップキックを突き刺した。
「ち」
 と、単純な動作にほんの少しアレンジを加えることで華麗な魅せ技にしてみせた祐希子へ、内田はちょっと舌打ちする。
 何かお株を奪われたようで面白くなかったのだ。
(なら、こっちだってなりふり構わず行くわよ)
 祐希子が下がったあと、来島が、逆さ吊りから解放された上戸へさらに追い討ちをかけようとしているところで、
 内田はおもむろにエプロンへ上がって声をかけた。
「ちょっと!そこの筋肉バカ!」
「…あ?」
 来島が注意を向けた時には、既に内田はトップロープの上に飛び乗っていた。
 そこからジャンプしつつ体を捻り、やや高めの軌道でスワンダイブ式のフライングニールキック。
 不安定な足場から繰り出したとは思えないほど綺麗なフォームで飛んだ内田は、
 待ち構えていた来島の腕の中にちょうどよく収まった。
「誰が筋肉バカだって…」
「お前だよッ!」
 直後、内田を抱えた来島の背後を、上戸が這った姿勢からの低いタックルで薙ぎ倒す。
 倒れた来島の胸の上へ、抱えていた内田の尻が乗って潰した。
「うおっ!?」
 強引な連係で、傾きかけていた流れをジューシーペアが引き戻す。
 チームワークの面でも、両組に差は無さそうであった。

 相変わらずどちらが優位とも言えない中、双方が再度タッチを交わし、
 リング上には再び内田と祐希子立つ。
(今度はこっちからいくわよ…!)
 大きく状況を変えるには、やはり何か意表をついて仕掛けるしかない。
 内田は、できれば祐希子を崩してみたいと思っていた。
「はぁッ!」
 また序盤のスピーディーな攻防が繰り返されるかと思われたが、
 不意に内田は、向かい合った状態から左右の掌庭を放っていく。
「っ!?」
 顔をカバーするため祐希子の腕が上がると同時に、空いた脇腹へミドルキック。
 そして若干回り込みつつ膝裏へのローキックで片足をマットへつかせ、
 今度は胸板に向かっての素早い連打へと繋いだ。
 特別なバックグラウンドこそ持たないものの、長い経験と場数を踏んだ内田の打撃はなかなか鋭い。
「ハッ、ハッ、…せッ!」 
 最後に力を溜めた一発を蹴り込んだあと、中腰で仰け反った祐希子の反応を待つ。
「…っこのぉッ!!」
「うっ!?」
 案の定、気の強さそのものは来島にも負けない祐希子が、真っ向からやり返してきた。
 立ち上がった直後、いきなりのハイキックが危うく内田の頭をかすめ、
 続けて左右の張り手を挟み、やはり空いた脇腹に向かってこれまた鋭いミドルキックを返す。
 今度は一転してバチバチの打撃戦か――と、見ている方は思ったが、そうではない。
 これこそが、内田の仕掛けであった。
(引っ掛かった!)
 全ては、初めから祐希子に不用意な蹴りを打たせるための誘いだったのだ。
 祐希子の右ミドルキックを耐えた内田は、一旦左腕を回して蹴り足を捕まえたあと、
 一瞬腕を放しつつ体を沈ませ、今度は足を左肩に担ぐ形へと持ち替える。
「くッ!?」
 続けて、片足で不安定に立っている祐希子の左足を根元から右腕で掬い上げるようにして一気に持ち上げた。
 自然、パワーボムで持ち上げたのと同じ体勢ができる。
「うりゃっ」
 そこから上体だけを折って叩きつけ、上から押さえつけてカバー。
「まだまだッ!」
 そしてくの字に曲がった体を力一杯反らせ、祐希子がカウント1で返してくるまでが織り込み済みの事柄。
 マットの上で跳ねた祐希子の左足を取りながら巧みに操ってうつ伏せに倒し、
 内田はパワーボムからSTFへと、流れるように移行してみせた。
「ぐぅ…っ!」
 ほぼリング中央で祐希子を捕え、同時にその上を跳び越して行った上戸が来島のカットを妨害。
(どうかしら…ッ!)
 足と顔面を締め上げながら、内田は今度こそ優位に立ったと思った。
 背中に人間一人背負いながら、祐希子はじりじりとロープへ向かっていたが、
 エスケープされたとしても後に残るダメージを与えられるだろう。
 しかし祐希子の手がロープへ届く前に、内田は技を解いて体を起こした。
 離れ際に祐希子の足を引っ張ってリングの中央に戻すと、
 左の足首を思い切り持ち上げて振り下ろし、膝をマットへ打ちつける。
(一気に畳み込んでおくッ!)
 場外に目をやって上戸が来島を釘付けにしているのを確認すると、
 内田は祐希子の正面にあるロープを飛び越え、エプロンに着地した。
 そのままトップロープに両手を置いて、祐希子が起き上がろうとするのを待つ。
 祐希子が片膝をつき、立ち上がりかける瞬間を待ってロープの上に飛び上がった。
「ほっ!」
 トップロープを両足で捉え、高々と跳躍。
 足を痛めたせいで咄嗟に避けられなかった祐希子は、スワンダイブ式のミサイルキックに備えて身構えた。
「痛ッ!」
 が、上空から落下してしてきた内田の足は、祐希子の胸板を通り過ぎて左膝の皿を撃ち抜く。
 高い所から低い的を狙った一発に、たまらず祐希子は再度膝をつかされてしまった。
 そして、内田が必勝パターンの仕上げに入る。
「ラッキィィィィ……」
『『『キャプチャー!!!』』』
 かなり馴染んできたフレーズを観客と一緒に叫び、ロープへ。
 そこから勢いをつけて逆向きに飛びつきながら両足で胴を挟み、
 相手を前に引き倒しつつ、その股をくぐるようにして膝十字固めへ…とはいかなかった。
「えっ…!?」
 ロープから跳ね返ってきた内田へ、痛みをこらえた祐希子が逆に背中を見せて飛びついたのだ。
 見様見真似とは思えない、見事なカウンターのラッキーキャプチャーが祐希子によって決まる。
「わかりやすいわよ。わざわざ予告してくれるんだから…!」
「ちっ…!」
 自分の技でマットに這わされながら、内田は音がするほど奥歯を噛み締めた。

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by right-o | 2009-01-28 00:16 | 書き物