「ツームストーンパイルドライバー」 草薙みことVSカラミティ十六夜

 TNAの年間で最も大きな興行において、これからメインイベントが始まろうとしていた。
 照明が落ち、会場全体が薄暗い闇に満たされると同時に、観客の声援は一気に盛り上がりを見せる。
 その時、大型ビジョンを備えた入場ゲートの脇から、
 黒いローブを着た人影が燃え盛る松明を持って次々と現れ、
 合計三十人ほどが広い花道の両脇に並んだ。
 続いて、
ゴーン……
 という、低く不気味な鐘の音が響き、さらに厳かな葬送曲が流れ始める。
 そんな中、カラミティ十六夜がゲートから姿を現した。
 両側から掲げられた松明で出来た炎のアーチの下、ゆっくりとリングに足を進めると、
 コスチュームの上から羽織ったオイルコートの端を持ち上げ、リング脇の鉄階段を静かに上る。
 上りきってコーナーの外側に立ち、静かに両手を開いて掲げると、
 会場を覆っていた闇が一気に晴れていった。
 今年で十五年を迎えるTNAの歴史の中でも際立って異彩を放つ、
 最も神秘的で謎に満ちたレスラーの入場である。


 試合が始まる前からすっかり十六夜の雰囲気に呑まれてしまった感のある会場の中で、
 唯一、十六夜の後からベルトを持って入場してきたみことだけは、冷静に対戦相手を観察していた。
 桜井からシングルベルトを継承したみことは、その後二年以上に渡って同王座を保持し、
 これまで磐石の安定政権を築いてきた。
 その防衛記録の中には、眼前の十六夜を退けてのものも複数回含まれている。
(とにかく、プレッシャーに負けてはいけない…!)
 目の前にすると実際以上に大きく見え、また滅多に表情が動かないことから生ずる多大な威圧感に呑まれないことが、
 十六夜を攻略するための第一歩だとみことは知っていた。

 試合は剛と柔がはっきり分かれた形で進み、
 腕力と体格にものを言わせる十六夜に対し、試合巧者ぶりを発揮したみことがそれをいなすという展開が続く。
 しかし終盤、ついに十六夜の大きな掌がみことの首を掴んだ。
「ぐっ…!」
 苦しさに喘ぐ間もなく片手一本で持ち上げられ、そのままチョークスラムでマットへ叩きつけられる。
(不覚っ…)
「………」
 背中を浮かせて痛みに悶えるみことの傍で、
 十六夜はゆっくりと、親指の爪で自分の首を横一文字になぞった。
 「これで終わり」というアピールだろう。
 みことの引き起こすと、その体を軽々と自分の肩へ担ぎ上げる。
「くっ、まだッ!」
 が、危険を察知したみことは、十六夜の腕を擦り抜けて背後に着地。
 間髪を入れず、後ろから十六夜の首に手をかけた。
「やあッ!!」
「…!?」
 直後、短い気合を一閃させて反り投げ、兜落しが炸裂。
 十六夜の大きな体が半円を描いて頭からマットに突き刺さった。
 しかし必殺技を放ったみことも疲労から動けず、ここで両者が横になってダウン。
(フォールしないと…!)
 そう思ってなんとか体を起こしたみことが、仰向けに倒れている十六夜へ這って近づこうとした時、
「なっ…!?」
 まるで何事も無かったかのように、十六夜の上体がむくりと起き上がった。
 そしてそのまま、片手をついて普通に立ち上がってしまう。
(き、効いていないはずは……ここでもっと畳み込めば!)
 心に生じた焦りを嘲笑うかのように、
 十六夜は、突っ込んで来たみことを再びあっさりと肩に担ぎ上げて捕えた。
 次いで肩の上に仰向けにした状態から、自分の前に垂らすように移動させ、
 ちょうど両膝の間に頭がくる位置で、逆さにしたみことの胴を両腕で固定。
 こうなってしまえば、もうどうしようもない。
 前に向かって十六夜の膝が折れ、マットに着くと同時に、
 垂直になったみことの頭頂部もまた打ち込まれた。
 どこをどう頑張っても、受身の余地などは存在しない。
「安らかに、お眠りなさい」
 力無くリングに横たわったみことの両腕が十六夜によって、
 死人が棺の中でそうされるように、体の上に組んで置かれた。


 ベルトを受け取った新王者が、その場に片膝をついて押し戴くような姿勢を見せると、
 会場はほんの一瞬、またしても闇の中に包まれた。
 そしてそれが晴れた時には、既に十六夜の姿はリングから消えている。
 この時から、闇の王者が支配する新しい時代の幕が上がった。

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by right-o | 2009-01-20 22:55 | 書き物