「ガラスボードデスマッチ」 越後しのぶVSライラ神威

+技「右脚」


 とある過激な団体のメインイベント。
「ふーむ」
 いつも通り、自分のテーマ曲を合唱する観客の間を縫ってリングインした越後は、
 各コーナーにそれぞれ立てかけてある、この試合のキーアイテムを確認していた。
 それは1.5×0.5mほどのガラス製一枚板で、厚さは約1cm程度しかない。
「思ったより薄いか。これなら叩きつけられても大したダメージには……ぐッ!?」
 顔を近づけて厚さを確かめていたところで、不意に背後から後頭部を殴られ、
 越後は頭からガラスに突っ込んでしまった。
 が、流石にこの程度で割れはしない。
「クックック……意外に丈夫で良かったなあ。だが…」
 自分の入場を省略しての奇襲に成功したライラは、
 怯んだ越後を一旦ガラスから引き離すと、そのまま一気にパワーボムの体勢に入る。
「これならどうだァッ!!」
 一息で持ち上げ、縦方向で斜めに立てかけられているガラス目掛けての投げっ放しパワーボム。
 加減など一切無しの全力で、思い切り越後の体を叩きつけた。
 今度はバシャッと凄まじい音を立ててガラスが砕け散り、粉々になった無数の破片が宙を舞う。
 しかし――
「やっぱり…大したことは無いなッ!!」
 破片で傷を負わないよう、露出している腕を体の内側に畳みつつ、ガラスの上で受身。
 その直後に体を起こし、越後は高声を上げて笑っているライラに向かって突進していた。
 この驚異的な受けの良さこそ、越後がこの団体で絶大な人気になっている原因であり、
 越後自身のプロレスラーとしての最大のウリである。


 試合はこの後、残り三枚となったガラス板からは一旦離れて、
 主に場外を戦場にしつつ一進一退で進んでいった。
 イスと竹刀で殴り合い、マットも敷かれていない床の上に直接投げつける戦い。
 そんなことを十分ほど続けたあと、ついに両者はリングに戻り、
 互いが残った板を一気に使って勝負をかける展開へ。
「はッ!」
 その発端となったのは、ライラが大振りしたイス攻撃を掻い潜ってヒットした、越後得意の延髄斬り。
 体が伸びた無防備なところで側頭部へ的確に決まった一撃に、
 ライラは思わず、ガラスが設置してあるコーナーへと背中を見せてよろける。
「逃がすか!」
 開始前に襲われたお返しを狙った越後が、ライラの頭をガラスに押し付けての追撃を狙おうとしたところで、
 踏みとどまったライラがいきなり振り返った。
「ヒャハァッ!」
 同時に、両手で持ったガラス板を越後の顔面目掛けてフルスイング。
(くっ!?)
 流石の越後も、こればかりは受身の取りようがない。
 加えて反射的に顔を庇って背けてしまったことで、衝撃を全て頭で受けてしまう。
 最初に割れた時以上の大音響がし、破片の雨がリング外にまで飛び散ったあと、
 越後はゆっくりと大の字に倒れた。
「ヒャァハハハハハ!!」
 完全に動きの止まった越後をひとしきり笑い倒すと、
 ライラはさらなる悪行へと動き出す。
 あらかじめ投げ込んであったイスを向かい合わせに立て、その間にガラス板を橋渡し。
 フィニッシュに向けたお膳立てを揃えてから、越後の体を引き起こして両肩に担いだ。
「…させるかっ!」
 このまま頭からガラスを突き抜け、文字通り地獄落としになろうかとする寸前で、越後がなんとか息を吹き返す。
 足をバタつかせて抵抗し、ガラス板の前に着地した。
「チッ、いい加減でくたばりやがれッ!」
 と、勝負に焦ったライラがショートレンジのラリアットに来たのを倒れ込んでかわしつつ、
 素早く足を引っ掛けてドロップトーホールドで引き倒す。
 前のめりに転ばされたたライラは、顔からマットにぶつかる手前で自分の設置した透明の壁に鼻を強打。
「痛っ…!」
 地味な痛みに耐え、中腰になって振り返ったライラの目前に、透明の壁がもう一枚迫ってきていた。
 急いで立ち上がって設置された最後の一枚を取りに行った越後が、板を無造作に投げつけたのである。
 ライラが咄嗟に反応して受け止めたため、割れることはなかったが、
「おっと!ヘッ、残念だったな」
「それはどうかなッ!!」
 言うと同時に、ちょうど顔の前で止まったガラス板目掛け、越後が渾身の右ミドルキックを振り抜く。
 越後の右足は難なく板を砕きつつ、さらにライラの頭を横倒しに薙ぎ払った。
 マスクのせいか、もしくはライラもまた無意識に庇ったのか、ガラス板越しに蹴られた顔は無傷で済んだようだった。
 そして動かなくなったライラを担ぎ上げ、今度は越後がフィニッシュを宣言する番。
 だがその前に、越後は自分の着ていたコスチュームの学ランを脱ぎ、
 目の前にあるガラス板の最後の一枚の上にかけてやった。
「終わりだ!こンのッ…」
 ライラを両肩に担ぎ、左手側に来た両足を前方に放り出しつつ、
 学ランを乗せたガラス板に向かって開脚してのフェイスバスターで叩きつける。
 最後の一枚は、破片も飛ばさずに鈍い音を立てて割れた。
「バカタレぇぇぇぇぇッ!!!」
 顔を打って膝立ちになったライラの顔面へ、たっぷり助走をつけて必殺の低空ドロップキックが炸裂した。


「畜生ッ!次は殺してやるからな!!」
 負けても相変わらず口の悪いライラを適当にあしらったあと、
 コーナーに上って観客の声援に応えていたあたりから、
 徐々に試合の興奮が冷め、越後の体へ抑えていた痛みが蘇り始めていた。
 バックステージに戻り、観客の声が聞こえなくなればさらに痛みは大きなものになるだろう。
(懲りないよなあ、お互い)
 リングに上がる動機は違うかも知れないが、自分と同じようなバカをやってくれる同類として、
 ライラのような対戦相手であっても、なんとなく仲間意識のようなものを感じてしまう越後であった。

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by right-o | 2009-01-18 23:28 | 書き物