「アルマゲドン・ヘルインアセル」Ⅲ 美沙VSみことVS美冬VS小鳥遊VS理沙子VS南

 グワシャッ、と、呆けていた美沙のすぐ傍で、大きな音を立てて金網が鳴った。
「ひぃぃっ!」
 振り返った美沙の目の前で、みことが金網にもたれながらずるずると崩れ落ちていく。
 その後ろを、額から血を流している南の頭を脇に抱えた理沙子が向かって来ていた。
 客席に入っての乱闘は、どうやら復活した理沙子が制圧したらしい。
「どきなさい」
 そう言っただけで、美沙には目もくれずに金網の中へ入って行った。
(みんな、消耗しているのです…)
 流血し、肩で息をしている二人の背中を見ながら、
 美沙は湿っていた自分の心を必死に奮い立たせようとする。
(ええい、頑張るのです美沙!
 色々あったけど、考えてみれば美沙以外が勝手に潰し合う理想の展開。
 今一番有利なのは美沙なのです!)
 そう自分に言い聞かせて心を決めると、理沙子達の後に続いて金網の中へ。
 勇ましい心境の割に、及び腰でおっかなびっくりリングに近づいて行く美沙の背後で、
 一つの影がゆらりと立ち上がりかけていた。


 漁夫の利を狙う美沙が隠れて見つめる中、リング上は南が持ち直していた。
 向かい合って投げを打とうとした理沙子へ膝を入れて怯ませ、逆に低空のブレーンバスターからすぐにフォールへ。
「この程度っ!」
 と、理沙子が勢い良く上げた右腕へ、南の腕が蛇のように絡みついた
 楽に返せるフォールを呼び水に、必殺のサザンクロス・アームロックが極まる。
「ぐぅっ…!」
 寝た状態から背面で腕を固められ、普通ならかなり脱出の難しいところだが、
 流石に理沙子は諦めない。
 脂汗を流しながらも左手をついて体を持ち上げ、右腕が背中に回ったままでなんとか体を起こそうとする。
「ちっ」
 極め切れないと判断した南が腕を放すのと同時に、理沙子が一気に膝を伸ばして立ち上がったが、
 その離れ際に、南が側頭部へ向けての右ハイキックで追い撃ち。
 簡単には立たせまいとしたが、南の右足は振り抜くことができずに止まった。
 歯を食いしばり、首に精一杯力を込めて頭の揺れに耐えた理沙子が、一瞬で攻守を入れ替える。
 大きく上がった南の右足と首を正面から抱え込み、必殺のキャプチュード。
「まだッ!」
 頭がボールのようにマットの上で弾んだが、それでも南は引かずに立ち上がる。
 頭を打ったせいで視界がぐにゃぐにゃに歪む中、
 向かって来た理沙子のラリアットを躱し、すかさず背後に回り込んでスリーパーに捕らえた。
「くっ…!」
 ほとんど反射のような感じでこの形に持って行ったものの、
 まだ投げられたダメージが抜けきらず、南の頭は揺れている。
 対して理沙子が体をずらして南の腰に手を回し、バックドロップで再び逆転しようとしたところで、
 不意に首の下へ、南以外の手が回ってきた。
「!?」
「ぃっやあぁぁぁぁぁ!!」
 こっそりと南の背後へ近づいて来たみことが、
 そこから南を挟んで前にいる理沙子にまで腕を回した…と思った次の瞬間、前方の二人が宙を飛んだ。
 そのまま後方へ投げ捨てられ、頭からマットに墜落。
 体格の割に余程の腕力があるのか、それとも何か彼女のバックグラウンドに関わる古武術的な工夫があるのか、
 みことは二人纏めて兜落としで投げきった。
 流石に軽々とはいかなかったのか、投げた方もすぐには起き上がれなかったが、
 とにかくみことが乱戦を制し、ここでひとまず主導権を握るかと思われた。
 が、
(今なのですっ!)
 リング下から飛び出した美沙が横取りの形で、ダウンしている南の上へ覆い被さろうとした時、
「っ…」
 立ち上がりかけていたみことの膝が折れ、前のめりになって崩れ落ちた。
「あとは、お前だけか」
 ハイキックの軌道に掲げた右足を戻しながら、倒れたみことのさらに背後にいた美冬が、美沙を冷たく見下ろしていた。
 しかし、美沙が怯える暇も無いままに、美冬の姿はその場から忽然と消えてしまう。
「へっ…?」
 間近で見ていた美沙でさえ、ちょっと目を疑うような光景だった。
 美冬の長身がそのまま横へ向かって滑るように空中をすっ飛んで行き、
 途中で引っ掛かったロープを乗り越えて場外へ消えたのだ。
「ざまぁ見やがれってんだ!」
 今度は、自分を天井から突き落とした女への仕返しを、不意打ちのガルムズディナーで果たした小鳥遊が、
 美冬のいた場所に入れ替わって立っていた。
 大きく首を回して感触を確かめているが、もう落下のダメージは無いらしい。
 恐らくは、美沙が作った救命道具が効いたのだろう。
「で、今度こそテメェが最後か」
「ひぃっ!」
 小鳥遊に睨み据えられると、たちまち美沙はぺたりと尻餅をついて座り込んでしまった。
 周囲には戦場のように人間が倒れており、今度こそ誰も割り込んできそうにない。
「み、美沙は、美沙は……!」
 美沙の頭を掴もうとした小鳥遊の手が、直前で止まった。
 突然、美沙がぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めたのである。
「美沙は悟ったのです。こんなレベルの中で、美沙なんかではとてもやっていけないのです…」
 ぐすん、と声を詰まらせると、美沙は黙ってその場に横になった。
「だからもうベルトなんていらないのです。こんな試合、早く終わらせてしまいたい…!」
「…そうかよ」
 すっかり調子を狂わされ、小鳥遊がしぶしぶ美沙に覆い被さってこようとしたところで、
 美沙はこの試合始まって以来初めての技、スモールパッケージホールドを繰り出した。


「テメェェェェェッ!!!」
「勝てばよかろうなのですっっっ!!!」
 相手の意表を突いた3カウントが入った瞬間、脱兎のごとく駆けだした美沙は、
 レフェリーからベルトを引ったくると、捨て台詞を残してバックステージへ一目散。
 あまりにあんまりな決着を見せられた観客達は、ただ呆然とそれを見送った。
 この試合の後も、美沙は毎回のように情けない姿を晒しながら、
 誰も予想できなかったほど長い間ベルトを守り続けることになる。
 たまには、こういうチャンピオンがいてもいいのかも知れない。

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by right-o | 2009-01-07 18:53 | 書き物