「アルマゲドン・ヘルインアセル」Ⅰ 美沙VSみことVS美冬VS小鳥遊VS理沙子VS南

(お、落ち着くのです!)
 いかにも威厳ありげな、大きな金のベルトを巻いて入場してきた王者の足が、
 リングを前にして止まってしまった。
(5対1で戦うわけではないのだから、きっと付け入るスキはあるはずなのですっ…!!)
 目の前には、リング全体を覆ってまだまだ余る巨大な鋼鉄製の檻と、
 その中で待ち構えている五人のトップレスラー達。
 どんなに自分へ言い聞かせても、両足が前へと進んで行かない。
 美沙が、このように一見して場違いな死闘の舞台へ立つことになったのには、理由があった。

 年末のビッグマッチから遡ること一ヶ月前。
 この日、当時のチャンピオンだった理沙子と美沙で、タイトルマッチが行われた。
 団体の大エースである理沙子に対して若手成長株の美沙が挑む、という感じの一戦で、
 言ってみればチャレンジマッチのような、理沙子が勝って当然という試合だった。
 実際に試合はその通り展開していき、王者が挑戦者の攻めを全て受け止めたあと、
 力の違いを見せ付けるようにして挑戦者を圧倒。
 あとは仕上げのキャプチュードが決まって磐石の防衛…となるはずだった。
 しかし試合の最後の部分で、以前から理沙子と因縁を抱えていた小鳥遊が乱入。
 このタイトルマッチを滅茶苦茶にしてしまう。
 巨体に似合わぬ速さでリングに駆け入るなり、ガルムズディナーで王者を吹き飛ばし、イスで殴打。
 すぐにバックステージから駆けつけた他の選手達に取り押さえられたものの、
 理沙子を完全にKOしてから慌しく去って行った。
 と、それだけで済めばよかった。
 問題は、小鳥遊を止めに入ったレフェリーが、
 ノーコンテストを宣言する前に突き飛ばされてダウンしていたこと。
 自然、小鳥遊が連行されたあとのリング上には、
 意識の無いチャンピオンと意識を取り戻しつつあるレフェリー、
 そしてただ端っこで呆然と立っているだけの美沙が残る。
 この場面で、すかさず魔女の瞳がズル賢い光を放った
(これは、美沙がチャンピオンになれるのです!)
 そのままフォールへは行かず、一度引き起こしてちゃっかり黄泉落しまでくらわせる念の入れよう。
 こうして美沙は、試合前には自分でも予言できなかったまさかの番狂わせを引き起こした。

 ただ、ここで終わっていればまだ、例えば理沙子と再試合を行うぐらいのことで終わったかも知れない。
 王座奪取後、物珍しさからマスコミの注目を集めた美沙は、そこで少し調子に乗ってしまったのだ。
「美沙の占いによれば、これから絶対王者の時代が始まるのです!」
 サービス精神が旺盛なのか、もともと単に口が軽いだけなのか。
 大勢から囲まれて取材された時など、美沙はつい大きなことを言ってしまう。
 そんな放言はもちろん、選手達の耳にも届くことになった。
 それからは「相手が美沙なら」ということも手伝って、団体内から挑戦表明が続出。
 ベルトを奪われた理沙子や、その原因をつくった小鳥遊などはもちろん、
 しまいには美沙より下の世代の選手までがこぞって名乗りを上げ、収拾がつかなくなってしまった。
 そして、多すぎる挑戦者達を前にした団体の社長が、最後に適当な決定を下す。
 「もういっそ、5人ぐらい一辺に挑戦させたらどうだろう」と。
 ついでに、五人がバラバラに戦っては観客が見づらいからということで、
 全員が大型の金網の中で戦うことが決められた。
 かくして美沙は、その短くゆるいキャリアからは全く無縁な、壮絶な戦いの場に立たされることになったのだった。


「どうしたオラ!ビビってんのか!?」
 花道の途中で相変わらずもじもじしている美沙に向かい、小鳥遊が罵声を浴びせる。
「…怖気づいているのは、あなたの方じゃないの?」
「ああ!?」
 赤コーナーに陣取っていた理沙子が、ロープ際の小鳥遊の背中に声をかけた。
「この試合、別に王者から勝たなくともベルトは手に入るわ。わざわざあの子を待っている必要は無いはずよ。
 まあ、私を襲った卑怯者のあなたでは、この中ではあの子ぐらいしか実力で勝てる相手はいないんでしょうけど」
 理沙子の言葉で、金網の中のリングにいる全員が一斉に身構えた。
 美冬、みこと、南、理沙子がそれぞれコーナーを背負い、小鳥遊が金網の入り口側のロープ際。
 この五人の選考だけは、団体が数多くの挑戦者候補から実力本位で行った。
 全員が、美沙以前にベルトを巻いたことのある一流レスラー達である。
「おもしれえ…。まずはテメェから、そのあとで全員をぶっ潰してやるッ!!」
 そう言って小鳥遊が理沙子に襲い掛かり、チャンピオン不在のままでタイトルマッチがスタートしてしまった。
 まずは小鳥遊とその突進を受けた理沙子が同体になって、ロープを乗り越えて金網とリング間の場外へと落下。
 次いで視線のあったみことと美冬が向かい合って対峙し、
 残った南は理沙子達を追いかけるようにしてリングを下りる。
(今なのですっ!!)
 腰が引けつつも金網の中を覗っていた美沙の頭に、魔法の閃きが降ってきた。
 全員の注意が自分から逸れたのを確認すると、一目散にリングへ向かってダッシュ。
 金網の入り口を抜けると、みことと美冬がやりあい始めたリングの上を完全にスルーし、
 すかさず幕で隠されたリングの下へと滑り込んだ。
(ふっふっふ、ここで他のみんなが消耗するのを待…)
「やると思った」
 真っ暗な中で一人ほくそえんでいた美沙の足が、不意に外から伸びてきた手によって掴まれる。
「な、ななななな…!?」
「ほら、さっさと出てきなさいよチャンピオン」
 美沙の悪知恵は、南によってあっさりと暴かれてしまった。
 さらに南はそのまま足を持って美沙を外へ引き摺り出し、後ろ襟を掴んで引き起こすと、
 手近な金網の一面、入り口から見て右側の隅の方向へ向かって叩きつける。
「痛っ!」
 背中から金網に激突した美沙は、それでもすぐに追撃に備えて身構えた。
 が、当然殴るか蹴るかしてくると思われた南は、何故か眉をひそめて飛び下がった。
「…?」
 不思議そうな表情をする間も無かった。
 直後、美沙から見て右手側にあたる金網とリング間にできた通路から、
 小鳥遊によって大きく振られた理沙子が突っ込んで来て、
 美沙を、その左手側にあった金網と背中との間で潰してしまう。
「うぎゃっ!」
 頬に網目を食い込ませた美沙は悲鳴を上げたが、不幸はまだ終わらない。
「ぺちゃんこになりなッ!!」
 続けて、美沙の前にいる理沙子目掛けてガルムズディナーが発射されたのだ。
 全体重を乗せて肩口から突進した小鳥遊の勢いは、理沙子とその後ろの美沙を貫通する。
「ぐええええっ」
 顔からはちょっと想像しづらいような悲鳴を上げてしまった美沙の声は、幸いもっと大きな音に掻き消されて聞こえなかった。
 小鳥遊の体重に負けた金網が、一面分外れて客席側に倒れたのである。
 ズーン、という大きな音がしたあと、
「くっ、よくも!」
 理沙子は、それでも割と元気に小鳥遊へと向かって行き、
 二人一緒になって戦場を客席へと移していった。
 その二人が去ったあと、
「お花…畑が……おばあちゃんが…呼んでる…の…です…」
 理沙子のクッションと化していた美沙が、虚ろな目で何かを呟いていた。

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by right-o | 2008-12-31 17:13 | 書き物