世代交代

「負けた負けた」
 そう言って笑いながら控え室に戻ってきた龍子と小川を、仲間達が迎えた。
 シャワーを浴びて着替えを済ませ、
「今夜はお別れ会だお!パーっといくお!!」
 という流れで外に繰り出そうとした時、不意に控え室の扉が開く。
「あ、チャンピオンだ」
 祐希子の言った通り、そこにはジャージ姿の桜井が一人で立っていた。
 ついさっき載冠したばかりのチャンピオンは、つかつかと龍子の前に進み出て、唐突に質問を口にした。
「まだ理由を聞かせてもらっていません」
「理由?」
「だから理由ですよ。どうしてあなた達全員が結託して、揃って汚いことをやり始めたのか…!」
 龍子がわざとらしく首を傾げ、それを見た桜井の眉間にしわが寄った。
 この辺り、二人ともまだリング上での呼吸が抜けていない。
「前に言ったじゃないか。おまえ達のような人気の無い奴らに、第一線を任せておけなかったのさ」
「私は真面目に…」
「こっちだって冗談で言ってるんじゃない。大体、ちょっと思い返してみろ。
 小川が裏切ってこちらにつくまで、あたし達がいくら反則してたって応援する声はあったんだ。
 ひるがえって言えば、それだけおまえ達とは人気に差があったってことじゃないか」
「だからって、あんな無茶苦茶をしていい理由になるとは思えません」
 そう言い返された龍子の視線がちょっと泳ぎ、周囲のベテラン達も苦笑いする。
 本音を言えば、再び自分達が陽の目を見る機会が欲しかったというのもあった。
「それはまあ、もっといいやり方はあったかも知れないが…。
 でもこっちは選手としての晩節を汚してまでお前らに人気を譲ってやったんだ。
 もう少し感謝してもらいたいな」
「…人気を譲った?」
「そう。あたし達が徹底して悪役をやって、この一年でお前らの人気を引き上げてやった」
「誰もそんなこと、頼んでいません」
「頼まれなくたってやりたくもなるさ」
 ここで初めて、龍子は桜井を真っ直ぐに見た。
「ここはあたし達が作ってきた団体だ。それがあたし達が引退したからって、
 人が来なくなって萎んでいくなんて見てられない」
「……」
「衰えた先輩を強さで上回るなんて簡単なんだ。いつかは誰にでもできる。
 でも上の世代を人気で追い越すなんてのは、そうそうできることじゃない。
 だからせめて、やり易いようにしてやろうと思ったのさ」
 龍子はゆっくり桜井の方に足を進め、肩に手を置いた。
 桜井の方はまだ、憮然としている。
「お前も、私や小川みたいに体が衰えてくればわかるかもな。
 自分の後に残る人間のために、って」
「しかし…」
「まあ、正直やり過ぎたのは認める。
 お前の番になった時は、もっと良い方法で後の世代の踏み台になってやってくれ。
 あと、折角高めてやったんだから、その人気はちゃんと維持しろ。
 映画や写真集も嫌がらないこと。…じゃあな」
 龍子が部屋を出たのにつれて、それぞれの先輩が桜井に声をかけながら続いて、
 控え室には桜井一人が残された。
「ふん……」
 これからは、名実共に自分が団体を引っ張って行かなければならない。
 リングの中ならともかく、外のことを考えると、
 世代交代を果たした当人は、晴れ晴れとした気持ちにはとてもなれなかった。

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by right-o | 2008-12-31 00:54 | 書き物