最後の試合

「本当に、いいんですか?」
「何をいまさら」
 メインイベントを控えた舞台裏で、小川が最後の念を押し、龍子が答える。
「最後だけ真っ向勝負なんて、虫が良すぎるよ」
「それはそうですけど」
「大体、他のみんなが格好つけ過ぎなんだ。ロクに反則もせずに負けやがってさ」
 これまでの試合を思い浮かべながら、龍子は苦笑いした。
「こうなったら、あたしだけでも悪者を貫くしかない。付き合わせて悪いとは思うけど」
「いいえ」
 隣の小川が、真っ直ぐに龍子を見上げる。
「向こうを裏切った形の私こそ、最後だけ善人ぶることはできません。
 だから一生懸命悪いことさせてもらいます。
 …それが、桜井さんのためにもなるんでしょうから」
「だといいけどね。じゃ、いこうか!」
 最後の戦いが、こうして始まった。


 ベルトを肩にかけ、小川を伴って入場してくる王者を、
 桜井はリング上に仁王立ちで待ち構えた。
 その背中を、ほとんど全ての観客が声を張り上げて後押ししている。
 この一方的な声援こそ、龍子が約一年かけて作り上げたものだった。
 今日に至るまで、龍子は時にマスコミまで使って嫌味を言いつつ桜井を挑発し、
 対して無口な桜井もいくらかは反撃してきた。
 その成果だった。
(いい感じだ)
 思いながら、桜井の前に立った龍子は不敵に笑ってベルトを誇示する。
「奪えるもんなら奪ってみな!」
 ほとんど鼻がぶつかるような距離で睨み合い、一旦コーナーに戻るため互いに背を向ける。
 直後、その桜井の背中に踵を返した龍子が襲い掛かった。

 奇襲で始まった試合は、そのまま桜井がいいようにやられる展開が続く。
 そのまま龍子によって場外へ放り出されたところを小川が追撃、
 イスで滅多打ちにしてリングへ戻し、龍子が踏みつけてフォール。
「どうした、こんなもんか!?」
 カウントが2まで進み、客席の方を向いた龍子がそう言った瞬間、
 いきなり攻守が逆転した。
 桜井が乗っていた右足首を取って引き倒し、強引にアンクルロックへ。
 さらに自分から横になり、右足全体に抱きつくようにして完全に捕獲してしまう。
 これには小川が血相を変えて助けに入った。
 その後も、小川の乱入と反則を交えた龍子が桜井を痛めつけては、
 そのすぐ後に桜井が強烈なお返し、という攻防が繰り返され、
 攻守が入れ替わる度に強烈なブーイングと大歓声が交互に沸き起こった。
 そうして二十分が過ぎた頃。
「終わりだ!」
 小川のイス攻撃から、さらにリングにイスを置いた上へのプラズマサンダーボムが決まる。
 が、それでも桜井はカウント3を許さなかった。
(流石は…!)
 先の祐希子達と同じように、一瞬は勝ったかと思ってしまった龍子は、
 改めて後輩の強さに舌を巻く。
 そんなことはもちろん顔には出さず、続けてラリアットにいったところを桜井がハイキックで迎撃。
 右、左と繋いで棒立ちにさせたあと、慌ててエプロンに立った小川も蹴り倒して制裁すると、
 最後に渾身の一発でついに龍子をノックアウトし、完璧な3カウントを奪った。
 別に名勝負でもなく、ある意味単調で展開も見え透いていて、まして正々堂々となど全くしていない。
 それでも、今までこの団体で行われたどんな名勝負より、この試合は盛り上がった。


「応援、ありがとうございました」
 試合後、昔に比べれば随分と上達したマイクアピールを、
 桜井はこう言って締めくくった。
「これで本当に世代交代、ですね」
「ああ」
 小川の肩を借りて退場しながら、龍子はぶつぶつと喋り続けた。
「これからは、あたし達がやってきたことを全てあいつらがやるんだ。
 映画もテレビも写真集も、全部やらなきゃいけない」
「大変ですね」
「何せ揃って口下手だからな。でも、あたしがやってこれたんだから、あいつらに出来ないとは言わせないよ。
 こっちはその下準備までやってやったんだ」
 そう言って、龍子は最後のリングをひっそりと後にした。

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by right-o | 2008-12-30 16:16 | 書き物