「シャリマティー」 マイティ祐希子&ビューティ市ヶ谷VS伊達遥&草薙みこと

「………」
 入場ゲートの裏、会場と暗幕一枚隔てた場所で、
 祐希子と市ヶ谷は出番に備えていた。
 市ヶ谷にとっては、この試合が現役最後の一戦になる。
 それが何で――
(このコが隣にいるのかしら)
 と、今さら考えなくもない。
 思い返せば十一ヶ月前、今日と同じカードから始まった流れの中で、
 何故か一緒に組んでベルトを持たされることになり、それが今日まで続いてしまった。
「よし、行くよっ!」
「ええ!」
 テーマ曲がかかり、振り向いた祐希子の言葉に自然と合わせる。
(まあ、いいわ)
 そう思って無駄な考えを打ち消した。
 色々あった気がするが、組んでみたら意外にうまくいった。
 というのが、市ヶ谷の正直なところだったし、
 今ではすっかり、隣にいるのが当たり前になってしまっている。
 

「まさか、これで引退だからってみすみす後輩に負けてあげる気は?」
「フッ、無いですわ」
「それでこそ!ね」
 何がそんなに嬉しいのか、祐希子は笑顔で先発を買って出た。
 挑戦者組からはみことが出て、リングの中央で向かい合う。
 じりじりと両者の間合いが詰まり、組むかと思われた瞬間、祐希子の足がみことの腹を蹴り、
 前傾させたところをヘッドロックに捕える。
 ヒールになってから、祐希子はすっかりこの手の小技が巧くなった。
「くっ…!」
 もっと動いて戦いたいみことを嘲笑うように、グラウンドのヘッドロックへ移行してさらに締め上げ、
 立たせることなく地味な勝負を続ける。
 この辺りは、ベテランならではの省エネ戦法だった。
 そしてさんざん焦らしてから立たせ、ロープに振ったところで背中へ市ヶ谷の蹴り。
 さらに市ヶ谷は、思わず自分の方へ手を出してきたみことを避けつつその頭を掴み、
 そのまま場外へ飛び降りてみことの首をトップロープで跳ね上げた。
 思わず怯んで後ずさったところへ、すかさず祐希子が背後からバックドロップ。
 反則ながら、息の合った見事な連係である。
(ちょっとズルいけど、私達もまだまだやれるじゃない)
 そんなことを考えながらコーナーの上に飛び乗った祐希子が振り返ると、
 もうみことの顔が目の前に来ていた。
 すぐに右腕同士を絡まされ、雪崩式のアームホイップでマットに叩きつけられる。
「つッ!?」
 初めて経験する投げられ方に腰を打ちながら、
 祐希子は、投げられてもすぐに立ち上がった挑戦者の気合をしみじみと味わった。
(こりゃやっぱり、向こうが数段上か)
 そう思いつつ、コーナーから声を上げて励ましてくれているパートナーの元へ這い進む。
 彼女の引退試合を、とても勝利で飾らせてやれそうになかった。

 みことや伊達などの若手達にとって、今日は最後のチャンスだった。 
 反則も許されるとはいえ、フォールかギブアップのみで決着のつくルールで、
 それぞれ個々にベルトを懸けた戦い、というのはベストに近い条件だったし、
 何より見ているファンの期待が最高に高まっている。
 どんな手を使っても、とベテラン達のようにはいかないが、どうしても今日は勝たなければならない。
 当然、これまで以上に気迫がこもっていた。
 その後何度か交代を繰り返し、手数の上では両軍互角の勝負をしているように見えたが、
 次第に息の上がってきたベテラン二人に引き替え、伊達とみことはまだ溌剌と動き回っている。
そんな中、
「がっ!?」
 鞭のようにしなった伊達のミドルキックが脇腹に刺さり、市ヶ谷が膝をついた。
 すかさず伊達が、側頭部へ容赦無く右足を振り抜く。
 意識が飛びそうなほどに頭が揺れたが、なんとか持ち堪えた。
(チャンスッ!)
 腕を回して伊達の右足を頭と挟む形に固定すると、さらに左足も掬い上げながら力を振り絞って立ち上がる。
 入り方は特殊だが、パワーボムの体勢。
 今まで数え切れないほど放ってきた絶対の必殺技で、伊達を思い切り叩きつける。
 が、カウントが2まで進んだところで畳まれた伊達の長身が勢い良く伸び、市ヶ谷を跳ね除けた。
 この光景も、もうそれほど珍しくない。
「ハァ、ハァ……」
 自分の衰えか、それとも相手が強いせいなのか。
 市ヶ谷が漠然とそんなことを思い浮かべていると、
「もう一回!」
 コーナーの祐希子が背後から声をかけた。
 祐希子にも、何か思うところがあったのかも知れない。
 励まされた市ヶ谷が、返したとはいえダメージの残る伊達を今度は正調のビューティボムで抱え上げたところで、
 祐希子がコーナーに飛び乗った。
 そして持ち上げられている伊達目掛けて頭を擦るように飛び掛り、
 空中でその首に腕を巻きつけ、ブレーンバスターのような形でロック。
 と同時に下の市ヶ谷が二人まとめて叩きつける。
 ビューティボムに飛びつき式のネックブリーカーを合わせた贅沢な合体技が、鮮やかに決まった。
 流石に顔色を変えて飛び出して来たみことを祐希子が押さえる間に、
 完全にKOされた伊達のカウントが進む。
(勝った!?)
 祐希子と市ヶ谷は、そう思った。
 しかし、祐希子の脇をどうにかすり抜けたみことが、
 伊達を押さえ込んでいる市ヶ谷にぶつかってフォールを崩し、ギリギリでカットが間に合った。
「っこのッ!!」
 パートナーの花道を邪魔した相手へ、不意に火が点いてしまった祐希子が夢中で肘を振るう。
 そしてあっさりとかわされた。
「あ……」
 背後にいた市ヶ谷へ、手本のような誤爆。
 直後に意地で立ち上がった伊達が祐希子を蹴り倒し、みことが市ヶ谷へ兜落とし。
 すぐに役割を交代すると、みことが祐希子を場外へ追う間に、
 伊達が垂直落下式のブレーンバスターで市ヶ谷を沈めた。


「本っ当にあなたってコは!他人の引退試合で何やってるんですの!?」
「う…うるさいわね!あんたが頼りないからわざわざ助けてやってたんでしょ!!」
「はあ!?今まで私が、あなたをどれだけ陰で助けてあげていたとお思いですの!?」
「無茶苦茶言わないでよ!ず~っとあたしがあんたを助けてた、の間違いでしょうが!?」
 ベルトを取り戻した伊達とみことが大歓声の中で引き上げていくのを見送ったあと、
 リング上では久しぶりで二人がいがみ合っていた。
 ひとしきりお互いを罵倒し、それぞれが別に引き上げていったが、
「これで引退なんだから、早く帰れこのサイタマ!」
「あなたの方こそ、さっさと引退してド田舎にお帰りなさい!」
 とは、言えなかった。
 もしかしたら、別々に引き上げていったのも、
 何か見られたくないものが目元に光っていたからかも知れない。

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by right-o | 2008-12-22 22:45 | 書き物