二人を分けるもの

「卑怯者のたわ言を聞くつもりはありませんが、小川さん!
 あなたが私たちを裏切った理由だけは、今ここではっきりと聞かせてもらいます…!」
 PPV明けの興行、総取りしたベルトを見せびらかしながらリングを占拠しているベテラン達の前に、桜井が姿を現した。
 先日のあんまりな結末に呆れていた観客は、大きな歓声でこれを迎える。
「理由?」
 ふふっ、と、馬鹿にしたような笑いを浮かべる小川の表情は、意外と板についていた。
「言ってみればその質問が既に答えなんですよ。
 あなたには、私やこの人たちが考えていることなんて全くわからないでしょう?
 でも私にはよくわかった。あなたと私では、それぐらい状況が違うの。
 強いて言うなら、それが理由です。
 聞きながら桜井の眉間にほんの少し皺ができ、すぐに消えた。
「…わけのわからないことを。
 もう何であっても、私はあなた達を許しません。
 どんな卑怯な手を使われようが、最後には必ず全員を倒してみせます」
 そう言って引き上げていく桜井を、小川は皮肉っぽい笑みを浮かべたまま見送った。


 その夜。
 興行を終えたベテラン達は、夜景を見渡せる高層のラウンジで、
 先日の勝利を祝うささやかな宴を張っていた。
 相変わらず小言を言い合いながらも二人くっついて座る祐希子、市ヶ谷、
 それからやや離れて静かに飲んでいる鏡、神楽、
 そして二組の間をすっかり出来上がった真帆とソニックが肩を組んで往復しているのを、
 小川と龍子がバーカウンターから肩越しに振り返った。
「こっちは賑やかですね。向こうにいた時はみんな張り詰めてたのに」
「まあ、悪巧みを仕掛けている方は呑気なもんだよ」
 苦笑しながら、龍子は氷だけになったグラスをカラカラと振った。
「しかし、小川はこれで本当によかったのか?
 こっちとしてはブーイングももらえたし、凄く助かったんだけど」
「いいんです。私はこちら側ですから」
 注がれたものにほんの少し口をつけてから、小川は一つ溜息を吐いて続ける。
「今でこそうまく隠せてますけど、自分の衰えはよくわかります。
 私は、桜井さん達ほど長くこの仕事を続けられません」
「…そうか」
 コーチについたわけではないものの、後輩の中で何かと接点の多かった小川の言葉は、
 龍子にとって少し悲しくもあった。
 小川にも、それが伝わったのかもしれない。
「でも、自分のキャリアは充実してたと思います。
 ファンクラブも沢山できたし、それにチャンピオンにもなれました。
 だからこそ、引退したあとまで持っていけないものは、他の人にちゃんと残してあげたいんです」
「ああ、あたし達も同じ気持ちだ。
 …それじゃ短い間だけど、改めてよろしく」
「はい」
 カチッ、と二つのグラスが合わさったところへ、背後からにゅっと手が伸びてきて、
 さらにもう二つが無理矢理乾杯に加わった。
「真帆も、よろしくなのだ~」
「小川ちゃん、全然飲んでないお~」
 こうして、ようやく折り返し地点を迎えた龍子たちに、新しい仲間が増えたのだった。

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by right-o | 2008-12-18 22:25 | 書き物