控え室にて

「あー、腹立つなぁ!ちょっと人気があるからってさ、それがどうしたっての!」
 リング上での言い合いを終え、冷たい鉄のロッカーとパイプイスだけの簡素な控え室に戻って来ると、
 小早川は背もたれの方を向いてイスにどかっと腰を下ろした。
「でも…あれはちょっと、言いすぎ…」
「いいの!こっちだって言いたい放題言われたんだから、あれぐらい言っても!」
 たしなめようとして言い返された伊達が肩をすくめ、みことまで小早川に同意する。
 自然と、部屋の真ん中にイスを持ち寄る形で五人の輪が出来ていた。
「確かに、あれぐらい言った方がよかったかもしれません。
 言われっぱなしでは、私もいい気がしませんから。
 …それにしても、皆さんどうして急にあんな卑怯な真似をやり始めたのでしょうか?」
 若手にしてみれば、これが何よりの疑問だった。
 連日乱入して来たベテラン勢の全員が、これまで基本的に正統派を貫いてきた選手達だし、
 中でも特に龍子と祐希子は、他の誰よりも真面目にプロレスに打ち込んできたはずの二人である。
 他の試合に乱入したり、それを利用して勝ちを得ようとするなど考えられなかった。
 龍子の説明だけでは、もちろん納得できない。
「…焦っているのかもしれません」
 ここで、小川がぽつりと口を開く。
「少しづつ、時間と共に体が自分の思うように動かなくなっていく中、
 それでも昔と同じように、第一線で戦っていたいと思って…」
「いや、それはダメでしょ。動けなくなっちゃったら、…なんてゆーの?とにかく動ける人に道を譲らないとさ」
 小早川がずけりと言った。
「私も…そんな理屈は通らないと思う…」
「そうですね。引き際というのはちゃんと弁えて頂かないと」
 小川は特に何も言わず、曖昧な表情を浮かべている。
 最後に、小川と並ぶこの中の年長者でリーダー格の桜井が締めた。
「とにかく、あの人達を黙らせるためにも来週は勝つことです。
 実力で遅れを取る相手とは思えませんが、こちらがバラバラでは付け入られてしまうかもしれません」
「よっし、力を合わせていこうねっ!」
「うん…」
「ええ」
「はい。…ただ、一つ気になることがあります。
 あの人達には、まだ他に仲間がいるんじゃないかと思うんですけど…」
 この小川の予言は後になって皮肉な形で的中することになるが、
 それはともかく、若手は若手で団結を確認していた。


 一方、絨毯とソファー、それとやたら光沢のある木製のロッカーに囲まれたもう一つの控え室。
 ベテラン勢はこの、市ヶ谷が遠征先ごとに私的に設営している部屋に帰ってきた。
「うー、もうこの服脱いでもいいか?真帆はもうこの格好はイヤだぞ」
 部屋に入るなり、真帆は早速着ていたスーツをその場にぽんぽんと脱ぎ始めている。
「っていうかこの格好、何か意味あったの?」
「金持ちで嫌味なイメージを演出しよう、とか言ってましたわよ、龍子が。……って、あら?」
 当の龍子は、ソファーの上でうつ伏せに体を投げ出しながらクッションに顔を埋めていた。
「何してるんですの?」
「いや……、あたし、ちゃんと喋れてたか?」
 少しだけ顔を上げ、遠慮がちに質問する。
 初めてやった長いマイクアピールに、今さら恥かしがっているらしい。
「んー、結構よく出来てたと思うけど。それに意外とお客さん湧いてたよねー」
「確かにそうですわね。まあ、喜んでばかりもいられないのですけど」
「そうそう、だからこそこんなお芝居したり、あんたなんかと組んだりしなきゃいけないんだしね」
「ふん、それはこっちの台詞ですわ」
 言いながら、祐希子も市ヶ谷も笑っている。
 この二人の掛け合いも、段々と自然なものになってきた。
「うきゅー!見て見て、これカッコイイお!!」
 それまで自分のロッカーの前で何かごそごそとやっていたソニックが、急に声を上げる。
「え、何それ?新しいコスチューム?」
 祐希子達の前に立ったソニックは、普段と違う黒い衣装に黒いツノを付けた姿だった。
「ふっふっふ、悪のヒロイン、ソニックナイトだお!」
 実は、ソニックが急にヒールターンしてしまったのに合わせ、
 出演している特撮番組内でのキャラクターが変更されたのだ。
 そしてさらにそれに合わせて、試合用のコスチュームも変えられたのだった。
「お前も大変だな…。となるとやっぱり、番組内的には洗脳されたりするのか?」
「センノーって何だ龍子?うまいのか?」
「えー、今時はあれよ、それまで守ってきた人間の醜さにヒロインが絶望するのよ」
「子供向けの特撮で、そんな重いストーリー扱いませんわ」
「その辺は番組を見てのお楽しみなのー!」
 こんな感じで、ベテラン達はすっかりこの状況を楽しんでいたりする。
 仕掛けている方の余裕に加えて、この辺は年季の違いも多少はあるかもしれない。
「そういえば来週の試合のことだけど、あれ本当にやるの?」
「やるよ。今日の客のリアクションを見てもわかる通り、ちょっと嫌われ方が足りないんでね。それに…」
「なー、真帆も小早川が言ってたように『おばさん』なのか?」
 このあと、少しだけ嫌な間が空く。
「…とりあえず、来週は小早川からシメよう」
「異議無ーし」
「同じくですわ。といっても、祐希子はまだマシではなくて?
 それに引き換え私と龍子なんて、もう本当に三十路が見えてきていますもの…」
「一緒にされるんだ…。あたしのが一つ下なんだけど」
「うきゅ、まだ二十代なのに皆おばさんなのかお?」
「さあ、真帆は知らないぞ」
 こうして、それぞれの控え室では、対照的な時間が過ぎていくのだった。
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by right-o | 2008-12-10 23:04 | 書き物