「コンビネーションキック」 桜井千里VSサンダー龍子
タッグタイトルを奪われた翌日、試合が始まる前に、
みことはリング上に新チャンピオン二人を呼び出して問い詰めた。
傍らの伊達も、流石にこの時ばかりは厳しい表情をしている。
「どうって……ねぇ?」
「ベルトが、本来あるべき場所に戻ったというだけですわ」
「ふざけないでください!」
珍しく、みことの語気が荒くなる。
「来島さんを乱入させたことを言ってるんです!」
「…ああほら、恵理って血の気が多いじゃない。
だから試合見てたら我慢できなくなったんじゃないの?」
「そんな言い訳は通りません!!
大体、長年いがみ合ってきたはずのあなた方が、
何故ああまでしてタッグのベルトなんて欲しがるんです!?」
問われた二人は顔を見合わせ、気持ち悪いぐらいの笑顔で微笑みあった。
「長く戦ってきたからこそ、祐希子の力はよくわかっているのですわ。
彼女ほど傍にいてくれて心強い人間はいませんもの」
「ねー☆」
市ヶ谷に同意する祐希子は、最近までの真剣な態度とは打って変わって、かなり憎らしく見える。
「みこと…もういい…」
と、これには伊達の方の我慢が限界に達した。
「獲られたものは仕方無い…。けど、もう一度実力で獲り返してみせる。
今日、今すぐ再戦を認めて…!」
マイクを握る手を怒りで震わせながら要求する伊達を、しかし王者組はあっさり突き放す。
「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!…なぁんて言うと思った?」
「そんなものはベルトの価値を知らない愚か者の言葉ですわね。
まあ、もう一度あなた方を捻り潰すことぐらい、私達にとって造作も無いのですけど、
残念ながら、そもそも厳格なGMがタイトルマッチを許可してくれませんわ。
ご用はそれだけですこと?」
「くっ……」
歯噛みして悔しさに耐える伊達とみことを残し、
高笑いと共にリングを降りようとした市ヶ谷は、ふと立ち止まり、
いかにも今思い出したかのような口振りで最後に一つ付け加えた。
「そうそう、タイトルマッチと言えば、今日は久しぶりで龍子がシングルの王座に挑戦ですわね」
「うんうん、私達つい応援したくなっちゃうかもねえ…」
そう言って、意味ありげに笑う。
ほとんど乱入を宣言したようなものである。
そういう経緯から、サンダー龍子対桜井千里の王座戦は普段と違った緊張感を持って始まった。
この試合も、前日の祐希子・市ヶ谷対伊達・みことと同じく、
既に第一線を退いたものと思われていた大ベテランの龍子に対して、
磐石のシングル王者である若い桜井が防衛して当たり前、と思われている試合である。
こう考えればシチュエーションは前日と同じだが、
見ている観客にすれば、「まさか龍子までが、乱入に頼ってまで勝ちにいくだろうか」という思いはあった。
が、この思いは前日以上にあっさり打ち砕かれることになる。
「ちっ!」
中盤、様子見を終えて本格的に回転を上げ始めた桜井の打撃に、龍子は手を焼いていた。
力比べではまだまだ自信があった龍子だが、容易には組み合うこともできない。
「はッ!」
短い気合と共に放たれる一発は痣ができそうなほど重く、
その上手数も多くて、捌くのも受けるのも簡単ではなかった。
(随分と成長したな…)
そんなことを考えている内に、龍子の左腿に鋭いローキックが続けて二発突き刺さり、
思わず体勢を崩しかけたところへ、今度は逆側の右脇腹をミドルキックが襲う。
「ぐっ」
龍子の口から息が漏れた次の瞬間には、ミドルキックを打った桜井の左足が戻り、
次の動きに向け軸足として重心を乗せている。
しまった、と思う間も無かった。
下段、そして右側面と無意識に注意が向いた龍子に対し、
伏線を張り終えた桜井の、狙い澄ました右ハイキックが左側頭部を薙ぎ払う。
龍子は無防備のままで受け、横倒しに倒れた。
すかさず桜井がカバーに入る。
(まだまだ、こんな程度で……っと!)
いつも通り力任せに跳ね除けようとした龍子は、不意にあることを思い出して抵抗を止めた。
ムキになって返さずとも、そもそもカウントを数えるはずのレフェリーの姿がリング上から消えている。
「何を…!?」
レフェリーの足を引いてリング下に引き摺り下ろし、
そのまま自分達がリングに上がろうとしている祐希子と市ヶ谷を見て、桜井は絶句した。
まさか龍子までこんな卑怯な手には出ないと思っていたが、
本人が横になったままで薄く笑っているあたり、そのまさかなのだろう。
ただし、今回は昨日のようにうまくは運ばなかった。
「待ちなさいっ!!」
この事態を予期していた伊達とみことが素早くリングまで乗り込んで来ると、
エプロンまで上っていたタッグ王者に掴みかかって引き摺り下ろし、場外で揉み合いを始めたのだ。
が、しかし乱入者は二人だけではなかった。
「うきゅー、加勢するお!」
「真帆もいるぞっ!」
さらに二人、市ヶ谷達の側にベテラン勢が加われば、
「もう見てられないよっ!!」
若手の方からは小早川と小川がバックステージから飛んできて、四対四の大乱闘に発展してしまった。
「一体これは、どういうことですか!?」
収拾がつかなくなり、没収試合として試合終了を告げるゴングが乱打される中、
ゆっくり体を起こした龍子は、目の前の桜井を無視してただ観客の声にだけ耳を傾けている。
(やっぱり、思った通りだ)
自分の態度にますますいきり立つ桜井を他所に、
龍子は、世代交代がまだ完全には果たされていないことを再確認していた。