「阿吽」 ビューティ市ヶ谷&マイティ祐希子VS伊達遥&草薙みこと

 十一年目を迎えた最初の月。
 旗揚げからの所属メンバーであるボンバー来島が、その中で最も早い引退を迎えようとしていた。
 引退式はPPVのメインイベント前にリング上で行われ、そのまま最後の花道として、
 名タッグと言われたマイティ祐希子とのコンビでタッグ王座に挑戦することになっていたのだが、
「いやぁ、オレはいいよ」
 渡された花束を抱え、頭を掻いて照れながら、来島はそう言った。
「実はもう、タイトルマッチなんてやれるコンディションじゃないんだ。
 だから今日の試合は、代役を頼んでおいた」
「…へ?」
 それまで隣に立って神妙な面持ちをしていた祐希子が、途端に目を丸くする。
「祐希子に悪いとは思ってたんだけどさ、ガッカリさせるんじゃないかと思うといい出せなくって……ゴメン」
「それは…まあ、恵理がそう言うなら仕方が無いけど。それで代役って誰なの?」
「おう!それはもう、ベルト獲得間違い無しの強力な助っ人だぜ!」
 来島がそう言い終わった瞬間、鳴り響いたのは市ヶ谷の入場曲だった。

「ちょっと、どういうことなのよ!?なんでこんなヤツと……!!」
 祐希子が不満を言う間もなく、来島はさっさとリングを降りて実況テーブルの解説席に座ってしまった。
「おーほっほっほっほ!来島さんがどうしてもと懇願なさるものだから、仕方なくこの私が、
 今回に限ってあなたのようなずん胴田舎娘と同じコーナーに立ってさしあげるのですわ。
 ありがたいと思って感謝なさい!」
「だっ、誰があんたなんかにっ!」
 この二人は、これまで事あるごとに何かと対立を続けてきた、言ってみれば犬猿の間柄で、
 互いにとてもタッグパートナーが務まるような相手ではない。 
 王者組の伊達遥・草薙みことが入場してからも、二人はこの調子でいがみ合いを続け、
 ついにそのままゴングが鳴ってしまった。

 直後に祐希子が、市ヶ谷をほとんど突き飛ばすようにして先発を買って出て試合開始。
 リング中央で、まずは伊達と向かい合った。
「はっ!」
 瞬間、出方を窺う間もなく伊達のローキックが襲う。
(つっ……!)
 乾いた音と共に太股を叩いた一発に歯を食いしばって耐え、祐希子はエルボーを返した。
 暫く足と肘で打ち合ったあと、手応えを感じた伊達の方が、ロー、ミドルと繋いで崩し、そこから首投げの体勢へ。
「はいっ」
 祐希子を右手一本の首投げで前方に放りつつ、同時に自分も前転。
 結果、二人が同じ方向を向いて尻餅をつくことになる。
 伊達はそこから、左手を軸にして座ったまま体を半回転させ、
 尻餅をついている祐希子の後頭部へ超低空の延髄斬りをくらわせた。
「うわっ!?」
 カバーは跳ね返したものの、全く予想外の動きに意表を突かれ、
 試合開始早々から大きなダメージを受けた形だ。
「見ていられませんわ!」
 すぐあと、祐希子がロープに振られたところへ無理矢理タッチして市ヶ谷が出てくるも、
 伊達・みこと組の優位はほとんど動かなかった。
 元々チームワークが悪いことに加えて、それでも全盛期の二人ならまだともかく、
 祐希子と市ヶ谷は選手としての峠を越してしまっている。
 そもそも、初めは来島引退の花道として組まれていたこの試合は多分にお祭り的なもので、
 若くて強い王者組を相手に、大ベテランがどこまで往年の動きを見せてくれるかというぐらいのものなのだ。
 要するに祐希子組は、勝てなくて当然と思われていたのである。

 その後、挑戦者組がなんとかもう一巡持ち堪え、市ヶ谷対みことの局面で、
 勝負を焦った市ヶ谷が無理矢理ビューティボムを狙ったところから、王者組が一気に幕引きをはかった。
「くっ……!」
 力任せに持ち上げようとする市ヶ谷に対し、みことが踏ん張って耐えているところへ、
 すかさずコーナーから出てきた伊達が、屈まされているみことの背に左手を置き、
 それを軸に体を回して、先ほど祐希子にくらわせたのと同じ形の延髄斬り。
「うっ!?」
 市ヶ谷が崩れたのを見計らい、伊達は相手コーナーの祐希子を蹴り落として分断し、みことが勝負を決めにいく。
 が、この時、それまで解説席に座っていた来島も同じく動いた。
「なっ…?」
「うりゃあッ!!」
 エプロンから落下した祐希子が不自然なオーバーアクションでレフェリーの気を引く中、
 席を飛び越えてリングに上がると、引き起こした市ヶ谷の背後に回って必殺技の体勢に入っていたみことに対し、
 呆気に取られているところをナパームラリアットで薙ぎ倒した。
「みこと……あっ!?」
 場外で祐希子を釘付けにしようとしていた伊達は、これに注意を引かれた隙に背後から鉄柱に叩きつけられ、
 祐希子に逆襲されてしまう。
 そのまま祐希子は自分のコーナーに戻ると、この試合で初めて市ヶ谷と普通にタッチを交わした。
 同時に来島が場外へ降りて伊達を封じ込めに行く。
 来島の乱入に動じないあたり、市ヶ谷と祐希子にとっては
 最初から最後まで事前に示し合わせての行動だったことを明確に表していた。
「いきますわよ!」
「うん、決めるっ!」
 市ヶ谷がみことをビューティボムで叩きつけたところへ、祐希子がムーンサルトプレスで飛ぶ。
 この二人をを少しでも知っている人間からすれば、到底信じられないような連係で、ついに試合が決まってしまった。


『えええぇぇぇ~~~!!!』
 試合後、来島の前でガッチリと握手を交わした祐希子と市ヶ谷に対し、客席からは驚きの声が止まらない。
 その様子を、この事態の黒幕二人はバックステージから覗いていた。
「あんたまで関わらせて、悪かったね」
「いいえ。最終的には団体の利益になることですし」
 並んで立ちながら、霧子は視線をリングから外して隣の龍子に向け、続ける。
「それに私も、みんなが第一線で活躍する姿をまだ見ていたいですからね」
「ああ、見せてやるよ。もう嫌だ、って言われるまでね」
 フフ、と少しだけ龍子の口元が緩んだ。
「それにしても、案外あの二人は良いタッグになったりしないかな」
 龍子の思惑は、まず意外な形から始まった。

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by right-o | 2008-12-04 22:50 | 書き物