「The end is near…」 TNA 10年目3月

 旗揚げから十年が過ぎた頃。
 シリーズを終えた明くる日の夕方、埼玉県某所にある市ヶ谷邸にて。
「……その辺の居酒屋でよかったんだけどな」
「あなたがよくても、私は嫌ですわ」
 ヘタをすると百人ぐらい一辺に座れそうな、冗談のように長いテーブルの端で、
 市ヶ谷と龍子の二人だけがぽつんと腰を下ろしていた。
 純洋風の室内には、天井から巨大なシャンデリアがぶら下がっており、
 目の前の真っ白なテーブルクロスの上を色鮮やかな料理が占領している。
 加えて背後に本物のメイドが控えている様子は、龍子にとってまるで現実感が無く、
 大袈裟に言えば映画の中にいるようであった。
「しかし、なんで着替える必要があるんだ?」
「…いまだこの席にジャージで座った人間はいませんのよ」
 龍子はこの現実離れのした豪邸に着いてすぐ、案内された一室でメイドに手を取られ、
 ほとんど無理矢理に着替えさせられた。
 龍の刺繍が施された臙脂色のチャイナドレスで、寸法はまるで測ったようにぴったりだった。
 ただ、腰まで深く切れ上がったスリットが落ち着かないのか、龍子は先ほどから頻繁に足を組み直している。
 市谷の方は流石に着慣れた様子の白いドレスで、全体の感じが彼女のリングコスチュームに良く似ている。
「別にいいじゃないか、固い席じゃあるまいし」
「全然よくありませんわ。大体、いい大人がジャージで外出だなんて…」
「うきゅーッ!!!」
「おおおー!!!」
 二人の会話は、テーブルを挟んだ逆側から聞こえてきた奇声によって中断した。
 普通ならまず一生お目にかかれないレベルの量・質の料理群を目の当たりにして、
 部屋に入ってきたばかりの真帆とソニックが早速自分を見失いつつある。
「待った!みんな揃ってからだぞ」
 それぞれ青とピンクに彩られたロングドレスを着せられ、
 ソニックの頭の上にはツノの代わりに王冠が置かれていたりしたが、
 この二人にとっては何よりも口に入る物こそが一番の関心事のようだ。
 長方形のテーブルの短い辺に並んで座っている龍子と市ヶ谷の隣、
 長い辺の端にそれぞれ向かい合って席に着いてからも、二人は子供のように落ち着きが無い。
 次いで、来島と祐希子が入ってきた。
「おおー、こりゃ豪勢だな!」
「ね、もちろんカレーもあるよね?」
「…ありますわ」
 この二人も、色気よりも食い気の組である。
 最後に、
「本日はお招き頂き、光栄ですわ」
「豪華だけど、ちょっと堅っ苦しいところねぇ」
 市ヶ谷並に板についた盛装の上に毛皮を羽織った鏡と神楽が到着したところで、
 龍子が呼んだ全員がようやく揃った。


「えーっと…その、なんだ…、とにかくこの十年間、お疲れ様っ!」
 この会を提案した龍子の挨拶が音頭になって、皆席から腰を浮かせてグラスを合わせた。
 龍子が呼んだのは、丸十年間苦楽を共にしてきた旗揚げ当時のメンバーである。
 当然、互いにリングの上では数え切れないほど戦い、
 また時には深刻に対立したこともあったが、それでも彼女達には彼女達だけの目に見えない絆があった。
 何しろ全く新しく出来た団体を、十年で業界の一、二を争う位置に押し上げた存在なのだから、
 他人の付け入れない連帯感が生まれてくるのも自然なことだ。
 もちろん、全員がとっくに二十歳を超えている。
 当然、酒が入った。
 到底無くなりそうもないような量の皿に向かう背後から、
 給仕をしてくれているメイドが何やら高そうな洋酒を注いでいく。
 といっても瓶のラベルを気にしているのは鏡と市ヶ谷ぐらいのもので、
 あとは全員、注がれた液体を注がれるままに飲んでいるだけだった。
「甘いのがいいお」
「炭酸のヤツが欲しいぞ」
 正義のヒロインもリングの狐も、というかこの場にいる全員が酒にはやたらと強い。
 一人も頬を紅潮させることなく、全く水でも飲んでいるような勢いでグラスを干していく。
 祐希子などは、
「カレーに合うのちょうだい」
 と言ってメイドを困らせたりしていたが、何が運ばれてきても、
 ほとんど味がわかるとは思えないようなペースで食べ、飲んでいた。
 そんな中、龍子は自分だけ手酌でアルコールを含みつつ、じっとテーブルの上を見つめ、
 何か物思いに耽っている。

「みんな、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
 そのまま一時間ほど経ったあと、ソニックや祐希子の食べるペースがようやく緩み始めてきたところで、
 龍子はようやく、この日「慰労会」という古くさい名目で集まってもらった本題を切り出し始めた。
「急にこんなことを言い出すのも何だけど、正直に答えて欲しい」
 全員が手を止めて注目するのを待って、続ける。
「あとどれぐらい、みんなは現役でいるつもりなんだ?」
 予期していなかった質問に、誰もがすぐには答えられない。
 俯いたり、天井を見つめたりしながら皆が一様に沈黙していた時、
 不意に来島が口を開いた。
「オレはもうすぐ引退かな」
「えっ」
 さらっと言ったが、来島は祐希子、ソニックと並んでこの中では最も若い。
 これには全員が驚いた。
「いやほら、オレ今だってコーチ兼任でやってるだろ。
 若いヤツ教えるのも結構面白くってさ、コーチだっていつまでもやれるわけじゃないから、
 まだ体が動くうちに専任でやってみようかなと思ってさ」
 苦笑しながら一気に喋った来島に、柄に無くしんみりした調子の市ヶ谷が続く。
「私は、あと一年といったところかしら。そろそろ財閥を継がなければいけませんわ」
 ここでまた一旦重い空気になったところで、真帆までいつに無く暗い調子で切り出した。
「真帆は…わからないぞ」
「うきゅぅ……」
「私も、ちょっとわかんないな。確かに昔ほど動けなくなってきた気はしてるけど、
 でもまだやれる、って思う時もあるし」
 祐希子、ソニックも同じということらしい。
 この暗い流れを、鏡と神楽が何でも無いようにさらりと引き取る。
「惜しまれている内に辞めるのも、いいかもしれませんわね」
「あたしは辞めても他にやること無いし、あー、どうしよっかな」
 年齢は一番上の二人だけに、以前から内心では覚悟ができていたのかもしれない。
「……わかった」
 最後に、龍子が口を開いた。
「みんなそれぞれ事情は違っても、……言いたくないけど、私達はもう若くない。
 そういう私も、現役の残りはそんなに長くないと思う」
 そう言ってから全員を見回し、ちょっと目を閉じてさらに続ける。
「でも、私達はまだ最後にやり残していることがある。
 今日はそれを言うために集まってもらった」
 何かの決意に満ちた目に、全員が引き入られて龍子の話を聞いた。
 その話こそが、彼女達が翌月から引き起こした、
 自分達の最後を飾るための戦いの、引き金となるものだった。

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by right-o | 2008-12-02 22:25 | 書き物