「クロスボディ」「ヨーロピアンクラッチ」 小川ひかるVS小早川志保

 旗揚げから八年が過ぎようかという頃。
 TNAのジュニア戦線には、小川が君臨していた。
 といっても相変わらずジュニアの層は薄く、
 たまに来る外国人を相手に、ソニックから奪ったベルトを防衛しているだけのことだったが。
 しかし、この日は久々で日本人を挑戦者に迎えた。


(疲れそうな相手ね)
 ベルトを巻いて後入場しながら、小川は内心で溜息を吐く。
 その場で飛び跳ねたり、ロープの反動を確かめたりと、
 リング上の挑戦者は見るからにやる気に満ち、試合が始まるのを待っていられない様子だった。
 まだ若手の範疇に入るその挑戦者を、小早川志保という。
 外ハネのショートカットに赤いスカーフを靡かせた、見た目の活動的な印象そのままに、
 とにかく動き回って戦うタイプの選手だ。
 早くも体力的な衰えを感じつつある小川にとって、これについて行くのは辛いものがある。
 が、一面、
(さて、どうしてあげようかな…)
 こんなふうに考える余裕もあった。
 小川にとって、この手の対戦相手は、
 一度手のひらに乗せることさえできれば最も楽に扱うことが出来る。


「うおおおおおっ!!」
 ゴングと同時に、コーナーを飛び出した小早川が助走付きのドロップキックで襲い掛かった。
 くらってすぐに起き上がる小川に対して、その場飛びでもう一発、二発、三発。
 四発目で動きの止まったところを引き起こし、今度は右肘を連打。
 勢いに任せて畳み込んでゆく。
「…てぇいッ!」
「ぐっ…!?」
 最後に大きく振りぬいたエルボーが顎先をかすめ、小川がマットに膝をついた。
 それを見て一段と勢いづいた小早川は、ひとっ飛びでコーナー上に立ち、早くも空中技で勝負に出る。
「一気にいっちゃうよッ!!」
 思い切りよく踏み切ると、立ち上がった直後の小川に対して空中から横向きに覆い被さる形で落下し、
 小川を押し潰した――かに見えたが、
「おおっ!?」
 圧し掛かって来た小早川の重量で背後に倒れる勢いを利用し、
 小川はマットに肩が着いてから下半身を持ち上げてさらに後転。
 上下入れ替わり、逆に小早川のフォールに入った。
「うわっと!……このぉッ!!」
 これをカウント1で跳ね返し、すぐに跳ね起きて向かって来たところを、
 やや横に身をかわしつつ勢いを利用し、素早く頭と足の間に手を掛けてボディスラムで叩きつける。
 そして仰向けになった小早川の両手を取って腰を下ろし、
 左右の足で両肩を押さえつけながら、体育座りのような体勢で再びフォールへ。
「くぅッ!」
 当然、小早川はこれを返しにいく。
 踏まれている肩を上げるために下半身で反動をつけようと、
 足をマットと垂直になるぐらいまで一旦、上げる。
「はいっ」
 と、すかさず小川の両足が踏んでいた肩を離れ、仰向けから体を曲げて掲げられた小早川の両足を割り、
 それぞれの足で膝の裏同士を引っ掛けてフックしつつ、同時に体そのものも前方に移動して、
 上から体重をかけてしっかり固める。
 入り方は随分と横着だが、相手の体の上でブリッジをするような形は、
 ジャパニーズレッグロールクラッチの完成形に似ていた。
 ついでに言えば、掛けられる方は上を向いて思いきり足を開かされることになるため、ちょっと恥かしい格好だったりする。
「ちょ、ええっ!?」
 小早川がそんなことを考えていたかどうかはわからないが、とにかくこれで3つ入ってしまった。


「ちっっくしょうッ!!」
 結果だけ見れば、ほとんど何もできないまま秒殺されてしまった小早川は、
 悔しさをストレートに表現しながら帰って行く。
 それを、小川はリングの上から見送った。
(普通に戦ってたら、どうなっただろう)
 そう思わなくもない。
 しかし、これが小川のスタイルでもあった。
 体力的な面では衰えつつあっても、技術の方は今も日々磨かれている。
 自分の現役時代が人より長くないことを知っている小川は、
 それでも出来る限り、自分なりのやり方で後輩の壁になろうとしているのだった。

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by right-o | 2008-11-30 22:34 | 書き物