「モダンタイムス」 小川ひかるVSソニックキャット

 TNAがAACと提携していた時、目当てだった国内他団体のタッグベルトと一緒に、
 AACジュニアのベルトも強奪していた。
 これにソニックキャットが挑戦する際、対コリィとのWWCAジュニア戦の記憶があったためか、
 いつも以上に張り切って試合に臨んだ結果、勢い余って当時の王者だったトーニャ・カルロスを秒殺してしまった。
 そんなわけで載冠からして拍子抜けだったことと、TNA内部にソニック以外のジュニアレスラーが育っていなかったこともあり、
 その後は、時より思い出したように前王者トーニャかエレナ・ライアンと五分以内の防衛戦が行われるのみで、
 ベルトの威厳もすっかり失われ、もはやただ、ソニックが入場時に身に付ける衣装の一部と化していた。

 そんな状態のまま二年ほど経ったある時期のこと。
「うきゅっ!?」
 龍子に真帆が挑むタイトルマッチの前哨戦、それぞれ龍子が小川、真帆がソニックと組んで戦ったタッグマッチにおいて、
 小川が一瞬の逆さ押さえ込みでソニックからピンフォールを奪った。
「ちょ、ちょっと待つのさね!今のはちゃんと返して…」
「見苦しいですよチャンピオン!」
 珍しく、小川がマイクを持っている。
 並んで立っている龍子まで、少し驚いたような表情をしていた。
「実は今の試合、私達にとっても前哨戦だったんです。
 来週のPPVで、アナタの持つAACジュニアのベルトに挑戦させてもらいます!」
 ちなみにこの間、燃料切れを起こした真帆は一人でさっさと引き上げてしまっている。
「挑戦?……うっきゅっきゅっきゅっきゅ、望むところだお!
 本当はどっちが強いのか、その時に証明してやるのさね!!」
 普段はリング上で自己主張をすることなどほとんどない小川だが、
 この時はまるで鏡や市ヶ谷のように、相手を見下す不敵な表情で言葉を返した。
「フッ、私は強さなんかに興味ありません。要は3カウントが取れればいいんです。
 本番でも今日と同じ技で勝たせてもらいます!」
 しかし、威勢の良いことを言いながらも、
 マイクを投げず丁寧に置いて帰るあたりは、やっぱりいつもの小川ではある。
 
 
 タイトルマッチ本番。
 言うだけあって、小川はかなり健闘していた。
 ソニックの力技をうまくいなし、空中殺法にもそれなりに対応している。
 何よりソニックの得意技を悉く読んで決めさせない。
 シューティングスタープレスを剣山で迎撃すると、プラズマソニックボムは一度目をウラカンラナで返し、
 二度目は持ち上げられた勢いを利用し、ソニックの背面へ転がり落ちてのローリングクラッチホールド。
「うっきゅぅ……!」
 決め手を封じられ、ソニックのイライラが募っていく。
 が、ソニックには小川の知らない引き出しがまだまだあった。

「うっ!」
 不意にソニックの強烈な張り手をくらい、小川が反転してよろける。
 そして場外を向いてトップロープに少しだけもたれ掛かった瞬間、
 小川の右側から、ソニックは左手でトップロープを掴んで体を旋回させ、片手、かつトップロープの上を回転する珍しい形の619。
 これを小川は間一髪で身を屈めて避けたが、
「甘いおッ!」
 ソニックはリング内へ向かって足で螺旋を描くように落下しつつ、
 左手でトップロープを掴んだまま体を捻り、右の後ろ手にセカンドロープを掴んで二つのロープの間に体を差し入れ、
 もう一度背中向きでの619へ移行した。
 ソニック以外の誰も、想像すらできない動きと言っていい。
 流石に小川でもこれは読めなかった。
 揃えられた両足の踵が、しゃがんでいた小川の顔を直撃する。
「ぐぅっ…!」
 思わず背中を丸めて後ずさりしてしまうと、そこがちょうどソニックの間合い。
「いっくおー!!」
 顔を蹴られて少し涙目になっている小川の視界で、ぼやけたソニックがトップロープから今まさに踏み切ろうとしていた。
(いけない、ここが勝負所……!)
 すぐに自分を取り戻すと、スワンダイブ式のウラカンラナに来たソニックの下をギリギリで潜り抜ける。
「うきゃっ!?」
 すかされたソニックが着地した瞬間、背中合わせになった小川が、左右それぞれソニックの二の腕あたりを掴んだ。
 そして両足を折って屈みながら、自分の背中の上を滑らせてソニックの両肩をマットへつける。
 完璧な逆さ押さえ込みが決まった。
 しかし、ソニックもむざむざと二度続けて同じ技で負けたりはしない。
 前哨戦の記憶が蘇ったのか、天井を向いた両足をバタバタさせながら、カウント2で右肩を勢いよく上げた。
 内心、(危なかったお…)と一息吐いたに違いない。
 それこそが小川の狙いだった。
 ソニックが肩を上げた勢いを利用して左側へぐるりと半回転させ、もう一度同じ形の逆さ押さえ込み。
 これはこれで、掛けられる方は咄嗟に読んで対応できる動きではない。


「うっきゅぅぅぅぅぅぅ………!!」
 マットを叩いて悔しがるソニックを余所に、小川はそのキャリアで初めてのベルトを腰に巻いた。
 柄にない挑発をし、ついでにフィニッシュまで予告して一度目の逆さ押さえ込みを意識させたのも、
 全ては小川の心理作戦だった。
 試合はゴングが鳴る前から始まっているのだ。
 ただ、この後マイクを持って、
「私の策に、掛かったようですね!」
 と言ったのは、ただ言いたかっただけなのか、それとも既に防衛戦を睨んでのことなのか、ちょっとわからない。

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by right-o | 2008-11-18 22:43 | 書き物