「ヴァン・ダミネーター」「ヴァン・ターミネーター」 フォクシー真帆VSマイティ祐希子
叫び声と同時に入場ゲート前のパイロが一斉に火を噴くのが、真帆入場の合図だった。
PPV仕様で増量された火薬の煙がわずかに残る中、
いつも通り「しっぽ」を大きく揺らしながら、真帆はのしのしと大股でリングへ向かう。
この試合は、龍子がソニックを一蹴した世界王座戦を押えて、メインイベントに組まれていた。
理由はその組み合わせにある。
真帆対祐希子という構図は、単に双方が龍子と保持しているタッグタイトルをどちらが返上するか、
というだけに止まらず、この団体の実質的なNo.2を決める戦いだった。
二人よりも年長の市ヶ谷が実績を作れずにいる中、
絶対的なエースの位置にある龍子の後を襲うのはどちらか。
それを決めるための一戦なのだ。
他人に言われて組んだカードながら、少なくとも霧子はそう思っている。
この二人は、共に旗揚げから参加しているメンバーでありながら、
これまで意外にシングルマッチで戦う機会が少なかった。
そのためか、普段は共に積極的な二人が、序盤はガラにも無く大人しい。
しかし徐々に本来の闘志に火が点いたのか、次第にいつも以上の熱さを互いに帯びた好試合へと変じていく。
(コイツ…!)
と、二人はそれぞれに対して思ったに違いない。
この組み合わせは一見すると典型的なパワー対スピードに見えるかも知れないが、
実際は双方共に力と速さを兼ね備えたレスラーである。
十分ほどじっくりと肌を合わせてみて、お互いにそれがよくわかった。
互角の状態からまず流れを引き寄せたのは祐希子だった。
串刺し式のラリアットに来た真帆の下に潜り込んでこれを避けると、
上に乗った真帆の体をそのまま撥ね上げてエプロンに着地させ、
「えいっ!」
と、真帆が慌てる間もなくロープ越しのドロップキックで場外へ突き落とした。
「いっくよーッ!!」
さらに反対側のロープへ走り、リング下に向かってトペ・コンヒーロで飛んでいく。
「ぐぅっ!」
起き上がりかけのところへ祐希子弾をくらった真帆は、
受け止めようとして踏ん張ったが、飛んできた祐希子の勢いに負け、
二人ともに場外フェンスを乗り越えて客席に雪崩れ込む形になった。
もちろん、ダメージはフェンスと祐希子の間に挟まれていた真帆の方が大きい。
「痛たたた……」
この時、倒れた拍子に真帆の体の上にイスが一脚被さっていた。
そしてそれを何気なく、持ったまま起き上がろうとしたのが不幸だった。
「やッ!」
イスの背が顔にかかったほんの一瞬を見逃さず、
祐希子のローリングソバットがイスごと真帆を吹き飛ばす。
この一発で、真帆は再びフェンスを背中で乗り越えて場外に落ちた。
そして頭の上に星が飛んでいる真帆に対し、祐希子は一気に勝負へ出る。
「これで決める!」
リングに戻した真帆をボディスラムでセット。
必殺のムーンサルトで宙を舞ったが、
「……はっ!?」
と、当たる直前に本能的な勘が働いたのか、真帆はコーナー側に転がって避けた。
祐希子の方も何か閃いたのか、驚いたことに回避されたことを察知して空中で姿勢を変更。
自爆せずに両足で着地することができたが、この時に限ってはこの反応が悪い結果を呼んだ。
「うおおおおおおおっ!!」
祐希子の足がマットに着いてから間髪入れず、真帆の強烈なタックルが胴を襲ったのだった。
「ぐっ!?」
真帆はそのまま逆のコーナーまで祐希子を運んで背中から叩きつけてダウンさせると、
衝撃から一瞬俯いてしまった祐希子の視界からぱっと消える。
(……?)
ほんの数秒後に祐希子が真帆を見つけた時には、もう空中にいた。
なんと真帆は、コーナー下で座り込んでいる祐希子に向かって、
隣のコーナーから飛んでミサイルキックを仕掛けたのだ。
コーナー脇のわずかしか弛まないトップロープを両足で蹴り、
全身のバネを使って宙を飛んでくる。
「ごほっ!!?」
飛距離としてはギリギリだったが、真帆は揃えた両足から祐希子に突き刺さった。
流石の祐希子でも、声が出ない。
「いくぞッ!」
すかさず、真帆は祐希子をコーナーから引き出してフォクシードライバー。
観客の驚きがまだ覚めないまま、必殺技でフォールを奪い取った。
「やっぱり真帆はサイキョーだな!」
試合後、いつものようにこんなセリフをマイクで喋っているのを、
周囲は段々と笑えなくなってきている。
ともかくも、PPVの題名通り、
この勝利によって真帆は栄光への道を確実に一歩進めた。