TNA リプレイ 4年目5月~6月 「スラミバーサリー」

「GM、あなた自分に物を頼む時はリングの上でするように、と言いましたわね?
 お望み通りに出て来てさしあげましたわ!」
 五月シリーズ開幕戦、まだ試合が始まる前のリング上で、
 ビューティ市ヶ谷がマイクを持っていた。
「さあ、即刻ここへ来て、私が世界王座の次期挑戦者であると宣言なさい!
 それまで私はこの場所を動きませんことよ!」
「ちょぉぉぉっと待ったぁ!!」
 バックステージから出てきたのは、霧子ではなくマイティ祐希子だった。
「あんたねぇ、ちょっと前に挑戦して負けてるんだから暫く引っ込んでなさいよ!
 あたしはまだ龍子に挑戦してないんだから、次に挑戦するのはあたしよ!!」
 祐希子は龍子や市ヶ谷の二歳下にあたるが、
 敬語を使わないのは場の勢いと、この団体の上下関係が特別緩いことにもよる。
 とはいえ何かにつけて祐希子と市ヶ谷は反目しているので、
 どんな事情があっても敬語などは使わないだろうが。
「はぁ?何を言っているのかしらこの貧相な小娘は。
 アナタごときに龍子が倒せるはずがありませんわ。潔く諦めなさい!」
「現にこの前相手にならなかったヤツより、まだあたしの方がマシだっての!
 あんたこそ諦めて第一試合でもやってればいいのよ!!」
 タイトルの次期挑戦権を巡って言い争う二人、という如何にもプロレスにありがちな光景だったが、
 このやり取りを客席から見ている者達にとって、他の場合と違い一見して異様な点は、
 二人が立っているリングにあった。
 六角形をしているのである。

 旗揚げ四年目を迎えたTNAは幾つか大きな変化を打ち出したが、
 その内の最も大きなものが、この六角形をしたリングの導入だった。
 次いで二ヵ月に一度のPPVによるビッグマッチの実施、
 さらに今まで裏方に徹していた井上霧子GMの露出と続くが、
 今のところ霧子が実際にリングへ上がる機会はほとんど無い。
 というのが、大抵リング上で選手が何か要求をする場合、
 その要求を認めたくない別の選手がGMを遮ってマイクを持ち、
 互いに上記のようなやり取りをした挙句、
 最後には結局「じゃあ戦って勝った方が正しいってことにしようぜ」となるからだ。
 霧子にしてみれば、それを受けて改めてカードを組み直せば良いだけなので、
 今までよりもずっと楽であった。


 しかし、初のPPV「スラミバーサリー」を控えた六月の初め、
 霧子は俄かに忙しくなる。
 それまで提携関係にあったAACが、一方的に契約を破棄して新女と新たに提携関係を結んだためで、
 これにより想定していた一部のカードを差し替える必要があり、
 まずはともかくAACが抜けた穴を埋めるべく、様々な手段を検討しなければならない。
 社長などは「これだから海外の団体は信用できない」とこぼしていたが、
 実を言えば元々新女と提携していたAACをこちらが無理矢理奪って契約したという経緯があり、
 新女側から見れば単に同じことをやり返したに過ぎない。
 加えてその契約も、AACの選手が持っているNJWPタッグとアジアタッグの二本のベルトが目的であり、
 一ヶ月の間にAACタッグと併せて三度の防衛戦を連続で行わせる等、
 やり方としては新女よりもTNAの方が余程汚い、と霧子は思っている。
 が、その辺りの事情は彼女にとってどうでも良く、とりあえずは自分の仕事をしなければならない。
 最終的には社長と協議の上で海外のフリー選手を雇うことで解決したが、
 この時契約したある選手は、今後暫くこの団体に無くてはならない存在となる優良な掘り出し物であった。

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by right-o | 2008-11-10 21:25 | 書き物