TNA リプレイ? 1年目3月

 団体の旗揚げから丸一年が経とうとしている。
 この間、GM井上霧子の出番はほとんど無かった。
 というのは、それ以外の仕事が忙しかったこともあるし、
 そもそもレスラー間に年齢とキャリアによる序列が自然に存在している関係で、
 大概は決まりきったマッチメイクしか組めないのだ。
 加えてまだ選手達の人数が多くない。
 本来GMが必要とされるだけの状況は、まだこの団体には存在しなかった。

 が、将来を予見するような出来事は、既に起こっている。

 三月の初め、明日から巡業へ出発という日の午後。
 霧子は団体オフィス内の自室でお茶を飲んでいた。
 この部屋はGMとしての霧子が社長から与えられたことになっていて、
 つくりや調度品は、社長室をそのまま一回り小さく質素にしたようなものである。
 その部屋の扉が、ノックも無くいきなり開いた。
「ちょっとコレ、どういうことなの!?」
 声の主はバニー・ボンバーというフリーの外国人レスラーで、
 今はTNAと二年の契約を結んで来日している。
 その彼女が、ツカツカと机に歩み寄って、
 呆気に取られている霧子の前に一枚の紙切れを示してがなりたてた。
「今月のリーグ戦、なんでワタシとクロフとリュウコが同じブロックなの!?
 普通こういうのって優勝候補はバラけさせるもんでしょ!!
 ワタシに優勝させる気が無いの!?」
「い、いや、そう言われても、これは社長が決めたことですから…」
 基本、マッチメイクとブッキングは霧子に丸投げだが、
 たまに社長は自分で試合を組んだり、こういう変な外国人レスラーを連れてきたりする。
 そんなことがある度に、現場で文句を言われるのは霧子だった。
 幸い口に出したら気が済んだのか、バニーは耳と胸を揺らしながらすぐ帰って行った。
(何だったの…)
 しかし、バニーが開け放して帰ったドアを閉めようと霧子が椅子から腰を浮かしかけた時、
 続いてもう一人入って来た。
「なんでオレがリーグ戦に入ってないんだ!?」
 来島だった。
「いや、だからそれは社長が組んだカードであって…」
 祐希子と共に団体最年少でありながら、一番血の気が多い。
 それだけにバニーと違ってしつこかったが、
 とりあえず自分にはどうしようもないことを説明して、なんとか帰ってもらった。
(何なの、もう…)
 お茶を一口すすり、溜息を吐こうとすると、もう一人来た。
 いや今度は二人来た。
「なんで私と市ヶ谷が寮で相部屋なのよ!?」
「ワタクシの方こそ、こんな貧乏人と一つ屋根の下に寝起きするなんてゴメンですわ!!」
 GMとは、時にこんな問題まで解決してやらなければならないものらしい。
「…部屋割りはクジで公平に決めたって言ってたでしょ?」 
「それが三回もやり直して全部この埼玉と同じ部屋なのよ!?
 何か細工があるに決まってるわ!!」
「きっと誰かの陰謀ですことよ!!」
(誰のよ…)
 ついに頭を抱えた霧子の前で、二人は散々罵り合ってから帰って行った。
「もう、誰も来ないわよね……?」
 まだ開けっ放しのままになっているドアをさっさと閉めてしまおうと、
 霧子は席を立って素早く近づく。
 と、いきなり横向きになった顔が二つ、壁の向こうからからニュッと生えてきた。
「お腹空いたぞ…」
「空いたお…」
 上が真帆、下がソニック。
 二人は今にも泣き出しそうな顔をして、じっと霧子を見つめている。
「はあ……」
 今さらながら、「この仕事、大丈夫だろうか」と思うことが、
 霧子には最近たまに無くもない。 

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