「画鋲マッチ」 オーガ朝比奈VSライラ神威

+技 「ブラックホールスラム」

 この試合が始まる前の緊張感は、他とはまた少し違うものがあった。
「殺す」
 両者が試合前、互いにそう明言している。
 もちろん実際に死にはしないだろうが、試合の形式からも、
 また対戦する二人の気性から言っても、血を見ることは明らかだった。


 先に朝比奈が入場した後、弦楽器の禍々しいイントロから始まる入場曲と共に、
 ライラ神威は姿を現した。
 既に目つきからして普通ではない。
 特に今夜は、普段よりいっそう両目が大きく見開かれ、
 入場の時点から既に口元が不気味に歪んでいる。
 原因は左手に下げた黒い布製の袋にあった。
 ライラはリングの手前までくると、その袋を朝比奈に示して二、三度振り、
 ジャラジャラと中身の存在をアピールしてから、
 さらに今度は右手の指に挟んでいた大きなガラス片を掲げ、それを袋に入れた。
「オマエも嫌とは言わないだろう?」
 言いながら、袋をエプロンやコーナーの鉄柱に叩きつけて中のガラスを砕いていく。
「ああ、それをくらうのはテメェだからな。さっさと上がって来い!」
 リング上の朝比奈も全く動揺しない。
 始まってから丸一年続いてきた長い抗争の中で、大概の過激な試合形式をやり尽くした二人が、
 ついに辿り着いた決着の舞台だった。

「オラァッ!」
 ライラが袋の中の物を早速リングにぶち撒けようとしたところで、
 朝比奈が思い切りイスで殴りかかって試合開始となった。
 真正面から頭を叩かれたライラは、たまらず袋を捨ててリングの外まで転がる。
 それを追って自分も場外へ下りた朝比奈は、さらにライラの顔面をイスで横殴りに殴りつけて追撃。
 吹き飛ばされたライラが、体の半分を客席の方へ出して場外フェンスに寄り掛かっているところ、
 頭を掴んでフェンスに叩きつけようとでも思ったのか、朝比奈はイスを捨てて背後から近づいた。
 が、後ろからライラの頭を掴んで引き起こした時、ライラの引いた肘が鳩尾に入った。
 続けてライラは、客席から無造作にイスを引き抜いて畳むと、
 その背を朝比奈の喉のあてがい、後頭部を掴んで朝比奈の上体を前へ力一杯屈ませる。
「がはッ!?」
 イスの足が床をとらえた衝撃が、直に朝比奈の喉を襲った。
 これでよろけた朝比奈がコーナー横の鉄柱にもたれかかったところへ、
「死ねェッ!」
 と、側頭部に向かって一片の容赦も無くイスを振り抜いてくる。
 朝比奈は危うくこれを避けた。
 ガィィィンという鉄の響く音がして、手が痺れたライラがイスを取り落とすと、
 今度は朝比奈が逆襲する。
 即座にラリアットを打ち込んで薙ぎ倒し、引き起こしたライラの頭を場外フェンスの上にセット。
「テメェが死ねッ!」
 こちらも加減無しで振り下ろされたイスを、間一髪でライラがかわした。
 試合はこのようにして一進一退で進んだが、
 しかし両者の「死ね」「殺す」の言葉に偽りが無いかのように、
 見る側としては一瞬一瞬に気を抜くことができない。

 肝心の袋の中身が現れるのは、試合時間が五分をまわった頃。
 客席の中に叩き込み、イスでメッタ打ちにした朝比奈を引き摺ってリングに戻ってきたライラが、
 置き去りにしていた袋に手をかけて中身をバラバラと中央に撒いた。
 照明に照らされてキラキラ輝く画鋲と細かいガラス片の山ができたのを、
 足で適当にならして広げる。
 そして朝比奈をこの上へ頭から落とそうと、地獄落としの体勢に担ぎ上げた。
 が、うつ伏せに担がれた朝比奈は必死に抵抗して足からマットに下りると、
 意表を突いてドロップキックでライラを蹴りつける。
「うおおっ!?」
 背後には一面に画鋲の海がある。
 ライラは腕をバタつかせながら必死に倒れるのを堪えた。
「落ちろッ!」
 そこへロープに走った朝比奈が正面からのラリアット。
 それでも、ライラはなんとか持ち堪えている。
 もう一発を狙ったところで、身を伏せてこれを回避したライラが朝比奈の体を一気に抱え上げた。
「ヒャハァッ!!」
 そして、そのまま反転しつつ朝比奈の体をスパインバスターで画鋲の上に叩きつける。
 さらに痛がる暇も与えず朝比奈を引き起こしたライラは、
 間髪入れずに再度地獄落としに持ち上げて、今度はきっちりと朝比奈を頭から画鋲とガラスの混じった上へ突き刺した。
「ぐぅぅぅぅ……ッ!!」
 深刻なダメージは無いものの、痛いと言えばこれほど痛い凶器も無い。
 朝比奈は、画鋲と細かなガラス片がびっしりと刺さって光る背中をマットから反って浮かしながら、
 痛みのために身をよじって呻いた。
 その度に、背面全体に新たな画鋲が刺さり、露出している二の腕に血が滲む。
「ヒャアッハハハハハハハハ!!」
 その様子を、ライラはフォールにも行かずに腹を抱えて笑っていた。
 どこからどう見ても異常者という他ない。
 その後、なんとかもがいて起き上がった朝比奈を捕まえ、
 無理に持ち上げてコーナーの上に座らせる。
 一つには、こういった辺りに見られるライラの勝負に徹しない詰めの甘さが、
 二人の抗争を一年も長引かせている原因だった。
「アッハハハハハ!もっと苦しませてや…ブハァッ!?」
 向かい合って、トップロープから雪崩式ブレーンバスターを繰り出そうとしたところで、
 朝比奈のヘッドバットがライラの顔面に入る。
 続けて三発鼻っ柱にくらった後、どんと両手で突き飛ばされて、
 ライラはちょうどよく画鋲の海に向かって落ちていった。
「ヒィヤアアアァァァァァ!?」
 今度はライラがもがく番。
 朝比奈より多く露出した白い肌をガラスが傷つけ、画鋲が刺さる。  
 しかし、まだまだそれだけでは終わらない。
「おうりゃあっ!」
 と、コーナーから飛んだ朝比奈のフライングボディプレスが落下してきた。
 背中の異物がさらに深く食い込み、ライラは朝比奈の下で必死に背を反らそうと体を捩るが、
 そうするまでもなく引き起こされると、
「終わりだッ!!」
 朝比奈はライラをロープに振った。
 返ってきたところで胴を掬って持ち上げると、
 走って来たライラの勢いそのままの方向へ体ごと一回転し、スクラップバスターの形で落とした。
 周囲の画鋲とガラスが跳ねる程の衝撃のあと、両足を抱え込んでエビに固める。
 因縁は、これで決着したはずだった。


「まだだァッ!!」
 腕に刺さった画鋲を抜いているところへ血だらけのライラが飛び掛り、
 試合が終わった直後だというのに、二人は再び画鋲の上を転げまわって掴み合った。
「次だァ、次は殺してやるぜェ!!」
「しつけーんだよテメェは!何回でも血ダルマにしてやる!!」
 互いにそう叫びながら、ようやくセコンドに分けられている。
 案外と、これはこれで仲良く喧嘩していると言えるのかも知れない。 

[PR]
by right-o | 2008-11-04 21:47 | 書き物