「ハードコアタッグマッチ」 永原ちづる&富沢レイVS越後しのぶ&霧島レイラ

『♪せか~いで 一番おひめさま
  そういう扱い 心得て……よねっ☆』
 どんなイベントであっても、富沢の入場はいつも通りだった。
 緑に染めた髪をツインテールに纏めてヘッドセットをつけ、肩まで袖が抉れた灰色のシャツに髪と同じ色のネクタイを垂らし、
 緑と黒のひらひらした短いスカートで黒いニーソックスを穿いた格好は、
 某一部で話題の電子の歌姫を真似たものだ。
 下にレギンスをつけているところから、そのまま試合をするつもりらしい。
 ちなみにヘッドセットは飾りではなく、実際に歌は富沢自身が歌っている。
「よくやるよねー、ホント」
 富沢の後ろから恥かしそうに出てきた永原がは、頬を掻きながら呆れていた。
 とはいえ、富沢はこのアウェイのリングでも、しっかりと観客の目を惹きつけている。
 特殊な客層の会場まで自分色の空気にしてしまえる富沢の魅力は、流石と言えるかも知れない。
 
 続けて相手の霧島レイラが入場してくると、客席はやや引き締まった。
 この会場を貸している団体の選手なので、今日出場する選手達の中では、比較的多くの観客に馴染みがある。
 霧島は花道が尽きたところで足を止め、リング上の対戦相手を見てニヤリと笑い、
 腕組みしながらタッグパートナーを待った。
 そのすぐ後、越後の入場曲の導入部、特徴的なギターのリズムが小さく流れ出した瞬間から、
 会場は富沢の余韻を消し飛ばして爆発する。
「え?え??」
 試合モードに入りつつあった永原と、その横で愛想を振りまいていた富沢は、
 突然沸き起こった大歓声に顔を見合わせて固まってしまった。
 これが本当に越後しのぶの入場だろうか。
 中堅の昔からは考えられない会場の熱狂ぶりの中、
 二人は越後の姿を求めて入場ゲートの方を見つめていたが、本人はなかなか現れない。
 すると突然、二人の背後、ゲートと逆側の観客が「うおおぉぉぉぉ!!」と一斉に騒ぎ始めた。
 驚いて振り向いたところに、越後はいた。
 2階のアリーナ席の前方、客席の中から現れた越後が、竹刀を振り上げてリングを見下ろしている。
『♪Sleep with one eye open, gripping your pillow tight……』
 会場中がテーマ曲を合唱する中、竹刀を担いだ越後は楽しそうに観客の合間を縫ってリングまで降りてくると、
 周囲をぐるっと半周回って霧島の方へ行き、自分より大柄なパートナーの肩に腕を乗せてもたれかかる。
 そして呆気に取られているリング上の二人へ不敵に微笑んでから、同時にリング内へ滑り込み、
 今夜の対戦相手に襲い掛かった。


「ちょ、ちょっと待って…!?」
 完全にぼーっとしていたところで不意を突かれた富沢は霧島によってリング下に投棄されたが、 
 この場合中途半端に戦う姿勢ができていた永原の方が悲惨だった。
 いきなり打ちかかってきた越後の竹刀を、咄嗟に両手で白刃取りしようとして失敗。
 思いっきり面を打たれ、見事に間抜けな絵面をさらしてしまった。
 さらにコーナーへ振られ、今度は脇腹を打たれた後で霧島による串刺しラリアット。
「あ」
 と、ここでリング下に放り出された富沢が、ようやくこの試合がハードコアマッチであることを思い出した。
(ってことは……)
 こういう時、どこを探せばアイテムが出てくるか。
 富沢は以前ちらっと何かの試合を見て、知っていた。
 マットの下を隠している幕を開けてゴソゴソやると、
 思った通りで色々と凶器になりそうなものが置いてある。
「ちづる!これを使って……あ」
 が、その中から何故かアルミ製のゴミバケツを見つけてリング内に放り投げたところで、
 ちょうどよく霧島にキャッチされてしまった。
「ありがとう!」
 そう言って霧島が、フラフラになっている永原に頭からバケツを被せたところを、
 横から越後が竹刀をフルスイング。
「う゛っ」
 くぐもった悲鳴を上げて、永原はバケツを被ったまま場外まで転がり落ちて行った。   
 ついでに、越後が持参した竹刀の方もこの一発で折れてしまった。
「富沢」
 リング上では、越後が満面の笑顔で手招きしている。
「む、無理無理!」
 富沢の方は、いつの間にかセコンドについていた金井を見つけると、その背中に隠れてしまった。
 ピンクのツインテールの後ろに隠れた緑のツインテールに向かって、
 越後は自分から場外へ降りて近づいて行く。
 その途中、観客から差し出された替えの竹刀を受け取った。
「ふぇっ!?」
 迫ってくる越後に怯える金井の背で、
(あ、そういうのもアリなんだ)
 と考えられる富沢は意外に度胸が据わっているかも知れない。
 ふと見ると、持参のアイテムを使って欲しい観客が、あちこちから色々なものを差し出している。
「このぉっ!」
 越後が金井に手をかけて退かそうとした時、
 復活した永原が、自分が被らされていたアルミバケツで越後の後頭部へ襲い掛かった。
「えいっ!」
 前のめりになったところへ、金井をどかせた富沢が、
 手近に差し出されていた薄っぺらいプレート状の鉄片を取って叩きつける。
 使った後で確認すると、なんと道路標識だった。
「うおっ」
 怯んだところで、すかさず永原の両腕が越後の腰に取り付く。
「おりゃあッ!!」
 竹刀を持ったまま、越後は固い床に向かって豪快に投げっ放された。

 越後が今の団体でひどく人気があるのは、一つには受けっぷりの良さということがある。
 極端な話、攻め手の方はどんな素人であっても務まるが、
 受け手の方はそうはいかない。
 どんなに派手で過激な攻撃であっても、それを受ける人間がいなければ成立しないのだ。
「っつ…!お前は本当に変わらんな!?」
「大丈夫です!投げっ放しですから!」
「意味がわからん!」
 場外でジャーマンを受けながら平然と立ち上がり、竹刀を振るってきた越後に対して、
 永原は観客席にあった松葉杖を取って対抗した。
 二人の姿を見て、周囲の観客は総立ちになって熱狂している。
 一方、富沢と金井は霧島に追いかけられて会場中を逃げ回っていた。
「なんで私まで~!?」
 と言いながら、一人だけTシャツ姿の金井は独特の緩い空気を撒き散らしながら涙目でイスの間を疾走している。
 そんなこんなで、試合はほとんどリングを使わないままで進んでいった。

「捕まえた!」
 五分ほどして、富沢の首を小脇に抱えた霧島がようやくリングに戻ってきた。
 富沢をリングへ転がし入れると、客席のイスを五、六脚掴んでリングへ放り込み、
 自分も上がろうとした時、ふとある観客が持っていた物が目に留まった。
「ほう」
 それを引っ手繰ってロープをくぐると、富沢が果敢にもイスを振りかぶって向かって来ている。
 これをイスもろとも殴り飛ばすと、改めて先ほどの獲物を持って迫った。
 同時に場外では、客席の真ん中で今度は綺麗な人間橋が架かっている。
「え、それ何に使……」
 尻餅をつきながら、富沢はつい聞いてしまいそうになった。
「こうするんだよ!」
 腰を屈めて富沢の頭をヘッドロックのように捕まえた霧島の手には、大根などを下ろす“おろしがね”が握られていた。
「ちょ!?いや、顔はやめてぇ~!!」
「レイちゃん!?」
 流石にピンチと思ったのか、こっそり客席に紛れていた金井が
 勇気を振り絞ってリングに飛び込み、霧島の後ろにしがみついた。
「おっ」
 霧島は、元々冗談半分だったおろしがねを捨てると、
 立って背中にへばりついた金井の頭を後ろ手に掴むと、ビターンと前に叩きつけた。
 と、落ちたところに運悪く先ほど霧島が投げ込んだイスが落ちていた。
「ふ、ふえぇぇ……!」
 それで腰を打ってしまった金井が、目に一杯の涙を溜めている。
「あ……」
 一気に空気が緩くなったところを、富沢は見逃さなかった。
 器用にコブラツイストで霧島に絡みつくと、締めると見せかけてそのまま倒れこみ、
 肩をつけてフォールを狙う。
 これは惜しかった。
「チッ!」
 霧島がギリギリ肩を上げ、起き上がろうとした時、背中にはいつの間にか場外から戻った永原が張り付いていた。
 そしてその背後の落下想定地点には、金井によって素早くイス盛りが組まれている。
 なんだかんだで、三人組の呼吸はぴったり合っていた。
「せぇぇぇぇいッ!!」
 気合一閃、高角度ジャーマンで投げられた霧島は、数脚置かれたイスの上に後頭部から突っ込んだ。
 爪先立ちの見事なアーチが架かり、霧島の意識が一瞬途切れる。
 しかし、その綺麗なブリッジの頂上に、横合いから飛び込んで来た越後がイスを思いっきり叩きつけた。
「っッ!?」
 声にならない悲鳴を上げて永原がリング下に消えると、
 越後はイスを持ったままでじろりと金井を睨んで退散させ、残った富沢を捕まえる。
「ところで富沢」
「ひぇっ!」
 怯える富沢に、イスを下に置いた越後は優しく微笑みかけ、緑色の左右ツインテールの根元を掴んだ。
「なんだその格好はぁッ!?」
 言うなり頭突きを入れると、いきなり富沢を担ぎ上げ、
 さっき置いたイスの上に向かって開脚式のフェイスバスターで叩きつける。
 さらに、
(あ、マズイ)
 富沢が予感した通り、越後は相手が体を起こすタイミングを見計らってロープへ走った。
(避けなきゃ)
 そう思った時、急に富沢の視界が暗くなる。
「へ?」
 横から、霧島が富沢の顔の前にイスを添えていたのだった。
「バカタレェェェェェ!!!」
 久しぶりで、アレンジが加わった越後の必殺技が富沢に炸裂した。
 

「整列!」
 三本目の竹刀を持った越後がマットを叩くと、三人は急に背筋を伸ばした。
 富沢だけは気をつけしながらも氷で顔を冷やしている。
「ふふっ」
 竹刀を担いだ越後は、昔と変わらない三人の反応を見て肩を振るわせた。
 隣で霧島も腕組みしながら笑っている。
「みんなそれぞれ頑張ってるみたいだな。別に今さら言うことも無いし、
 久しぶりに顔が見られて嬉しかったよ」
 これを聞いて、三人ともホッと力を抜いた。
「この業界にも色んな道がある。ただ強いだけがプロレスラーじゃないし、
 富沢みたいなのでもお客さんはしっかり喜んでくれる。
 永原のジャーマンが見たいって人は多いだろうし、
 ……あとまあ、金井の泣き顔が好きって人もいるんだろうよ」
 ちょっと俯いて、照れくさそうに喋っていた越後が、顔を上げて竹刀を握りなおす。
「だから…!」
 勢いよく竹刀を振り上げ、急に向かって来た越後を見て、
 三人は泡を食ってリング外へ逃げ出した。
「私の道はこれなんだ!受身だけが能の中堅でも、ちょっと場所が変わればこれだけ働ける!
 お前らも行き詰ったらここへ来い!私がいつでも相手になるぞ!!」
「け、結構ですっ…!」
 そそくさと退散する三人の後ろでは、越後への声援がしばらく止まなかった。

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by right-o | 2008-11-01 19:48 | 書き物