November to Remember プロローグ
休憩時間中の客席をぼーっと眺めていた。
二階席にあたるアリーナの中で、その一面だけがガラス張りになっている。
客入りは上々で、そういう意味では興行的には成功であると言っていい。
しかし、頭の隅にはどこか不安がわだかまっていた。
元々今日の興行は、別の団体から合同開催を持ち掛けられて実現したものだった。
最近いわゆる「ハードコア」な試合に関する人気が高まっていると聞き、
なんとなく関心を持っていたところへ、そちらの方面に定評のある別の団体から声が掛かったのだ。
場所と設備は向こう持ち、こちらは選手を出すだけで収益は折半と聞けばうまい話にも思えたが、
蓋を開けてみればなかなかそうでもないようだった。
社長の心配とは、要するに怪我人が出はしないかということだ。
休憩前までは普通の試合だったが、この後からはいよいよ特殊な試合が始まる。
社長は今一度、手元のプログラムに目を落とした。
まず『永原ちづる&富沢レイVS越後しのぶ&霧島レイラ』。
この試合は反則無しのルールで行われる。
越後しのぶは昨年まで彼の団体に所属していた中堅選手だったが、
今の団体に移籍してからは一躍大変な人気者になったと聞いた。
社長としては、複雑である。
ともあれ、この試合はそれほど心配とも思われなかった。
次に、『武藤めぐみ&結城千種VSグリズリー山本&ガルム小鳥遊VS村上千春&村上千秋』
対戦カードの横には、「TLCマッチ」という見慣れない単語が書かれていた。
武藤・結城と村上姉妹が社長の団体の選手で、
この試合には村上姉妹が持っているタッグのベルトが懸けられる。
これについては、多少の不安があった。
最近の武藤めぐみの試合内容について、段々と無茶が目立つようになってきているのだ。
社長がめぐみにこの試合についてのオファーを提示した時、
「やります!」と二つ返事だったことも今思えば不気味だった。
セミについては「画鋲マッチ」という試合形式に目を疑ったが、、
この試合に自分の団体の選手は出場しないため、ひとまず読み飛ばした。
メインイベント、『サンダー龍子VS六角葉月』。
やはりこれが問題だった。
向こうの団体にメインのカードを任されて困っていたところで、
急遽降って湧いたように龍子と六角の間に因縁が持ち上がり、
その試合形式をどうするかについて向こう側の社長に相談したところ、
「お任せください」
と胸を張られ、ついそのまま承諾してしまった。
結果が、リング上空遥か上に吊るされて待機している巨大な金網。
金網戦ぐらいは自分の団体でも行うことはあるが、
気になるのは、リング全体をすっぽり覆ってまだ余裕のありそうなその大きさと、
上に天井が付いていることだった。
(まさか、なぁ……)
そうは思うが、最近の龍子の荒れ具合を考えると最悪の想像を拭えない。
そして、会場が向こう持ちである代わりに、社長は興行の進行に口を挟めないのだ。
万が一の事態を考えると、空恐ろしくなる。
「なんとか、無事に終わってくれ……!」
誰もいない周囲に向かって、社長は一人でそう呟いた。