ある日の午後、WARSの事務所にて。
この新興団体の本拠は一階を道場、二階を事務所としており、
都心からちょっと離れた郊外に位置している。
「ん……落ち着かない」
ここの主、サンダー龍子こと吉田龍子は、社長室とは名ばかりの、
パーテーションで区切られたフロアの一角でレンタル物のオフィス机に座ってそう言った。
身一つで自分の団体を起こした彼女は、数年をかけてメジャーに対抗できるだけのレスラーたちを集め、
彼女らと自分自身を最大限に活用して出来うる限り良質な興行を続けてきた結果、
ようやく経営を軌道に乗せることができ、その結果自分達の城を持つに至ったのだ。
が、その玉座に座る龍子は、居心地悪そうに数分ごとに身じろぎしていた。
「ダメじゃないの龍子。社長らしく、どーんと構えてなきゃ」
パーテーションの合間を縫って入って来た石川涼美が、
社長の椅子の上でもぞもぞしている龍子を見てそう言った。
「この格好で社長らしくもないだろ」
「うふふ、まあ、それはそうねぇ」
二人ともジャージ姿であった。
何しろ社長と兼任の現役レスラーである。
下で他の所属レスラーたちと同様の練習をこなしたあと、
こうして二階に上がって事務仕事をこなさなければならない。
専属の事務員も数人雇ってはいるが、
どうしても重要な決定事項は社長やレスラー陣に相談する必要があるし、
加えて事務員そのものの数も足りていないため、一部気のつくレスラーたちが兼任したりしていた。
「失礼します」
と、そんな兼任レスラーの一人である小川ひかるが、パーテーションの影から顔をのぞかせた。
「小川か。……そんな堅苦しくしなくていいって」
彼女だけはジャージ姿ではなく、襟のついたブラウスにスカートという、
事務員らしい服装をわざわざ自前で用意していた。
「そう言われても、団体外との折衝もありますから……。
と、それで早速なのですが、先ほどテレビ局の方がいらっしゃいました」
「ああ、いつものスポーツチャンネル?それか例のプロレス専門の?」
「いえ、それが地上波から」
「あらぁ、珍しいですね」
WARSの試合は衛星放送にて二つのチャンネルで録画放送されている。
その関係で大きな興行の際は日程や場所の打合せと行うことがあるのだが、今回は相手が違った。
「珍しい、っていうか初めてだろう。
しかし、地上波テレビ局がウチに何の用だって?」
龍子が覚えている限り、WARSと地上波の間に接点はなかった。
他団体に上がれば地上波に映ることはあったが、その際は別段事前の打合せなど不要である。
「それが、ドラマの出演オファーでした」
「ドラマ……っていうと、何か撮影中のヤツに脇役で出演してくれということか?」
龍子の頭に、いかついレスラーが悪役として主人公の前に立ちはだかる絵が浮かんだ。
「いえ、それがそうではなくてですね、私たちでオリジナルのドラマを一本撮りたいとのことでした」
「ってことは、プロレスの?」
今度は、とある新人レスラーが入団からデビューを迎えるまでの軌跡……みたいなことが頭に浮かんだが、
それはドラマではなくドキュメンタリーというのではないだろうか。
「いえそれが、全くの別ジャンルです」
「……?」
プロレスとは関係無い事柄で、自分たちを出演させてドラマを一本作りたい。
龍子には相手が一体何をしたいのか全くわからなかった。
WARSがアイドル集団とかならそういうのもアリかもしれないが、
とてもこの団体にはプロレスファン以外の一般層を引き付けるような知名度はない。
「何でも、プロデューサーさんが大のプロレスファンで、特にウチの大ファンだとか」
「ああ、そういう……。で、誰を出演させたいと?」
「ウチからはほぼ全員。あとは新女から吉原さんと市ヶ谷さんが」
「新女からも出るのか。何だか妙な人選だが……」
「新女のお二人は脇役だそうですから。ちなみに龍子さんが主役ですよ」
「私が……?」
龍子の頭の中の疑問符は増える一方であった。
プロレスとは無関係なオリジナルドラマの主役が、自分。
何をどう考えてそうなったのか、非常に不思議である。
それだけに、とりあえず話だけでも聞いてみようという気になった。
「また明日、先方がこちらにいらっしゃるということですので、
直に聞いてもらった方がいいと思います」
一人だけ企画の内容を知っているはずの小川は、何か言いかけた龍子を制してそう言った。
「あ、ただ一点だけ確認しておいて欲しいと言われていました。
龍子さん、乗馬の経験はありますか―――?」
乗馬、と、龍子はますます分からないといった表情を浮かべ、
石川も不思議そうに小首をかしげる。
しかし翌日、龍子たちは結局そのオファーを受けることになるのであった。
この新興団体の本拠は一階を道場、二階を事務所としており、
都心からちょっと離れた郊外に位置している。
「ん……落ち着かない」
ここの主、サンダー龍子こと吉田龍子は、社長室とは名ばかりの、
パーテーションで区切られたフロアの一角でレンタル物のオフィス机に座ってそう言った。
身一つで自分の団体を起こした彼女は、数年をかけてメジャーに対抗できるだけのレスラーたちを集め、
彼女らと自分自身を最大限に活用して出来うる限り良質な興行を続けてきた結果、
ようやく経営を軌道に乗せることができ、その結果自分達の城を持つに至ったのだ。
が、その玉座に座る龍子は、居心地悪そうに数分ごとに身じろぎしていた。
「ダメじゃないの龍子。社長らしく、どーんと構えてなきゃ」
パーテーションの合間を縫って入って来た石川涼美が、
社長の椅子の上でもぞもぞしている龍子を見てそう言った。
「この格好で社長らしくもないだろ」
「うふふ、まあ、それはそうねぇ」
二人ともジャージ姿であった。
何しろ社長と兼任の現役レスラーである。
下で他の所属レスラーたちと同様の練習をこなしたあと、
こうして二階に上がって事務仕事をこなさなければならない。
専属の事務員も数人雇ってはいるが、
どうしても重要な決定事項は社長やレスラー陣に相談する必要があるし、
加えて事務員そのものの数も足りていないため、一部気のつくレスラーたちが兼任したりしていた。
「失礼します」
と、そんな兼任レスラーの一人である小川ひかるが、パーテーションの影から顔をのぞかせた。
「小川か。……そんな堅苦しくしなくていいって」
彼女だけはジャージ姿ではなく、襟のついたブラウスにスカートという、
事務員らしい服装をわざわざ自前で用意していた。
「そう言われても、団体外との折衝もありますから……。
と、それで早速なのですが、先ほどテレビ局の方がいらっしゃいました」
「ああ、いつものスポーツチャンネル?それか例のプロレス専門の?」
「いえ、それが地上波から」
「あらぁ、珍しいですね」
WARSの試合は衛星放送にて二つのチャンネルで録画放送されている。
その関係で大きな興行の際は日程や場所の打合せと行うことがあるのだが、今回は相手が違った。
「珍しい、っていうか初めてだろう。
しかし、地上波テレビ局がウチに何の用だって?」
龍子が覚えている限り、WARSと地上波の間に接点はなかった。
他団体に上がれば地上波に映ることはあったが、その際は別段事前の打合せなど不要である。
「それが、ドラマの出演オファーでした」
「ドラマ……っていうと、何か撮影中のヤツに脇役で出演してくれということか?」
龍子の頭に、いかついレスラーが悪役として主人公の前に立ちはだかる絵が浮かんだ。
「いえ、それがそうではなくてですね、私たちでオリジナルのドラマを一本撮りたいとのことでした」
「ってことは、プロレスの?」
今度は、とある新人レスラーが入団からデビューを迎えるまでの軌跡……みたいなことが頭に浮かんだが、
それはドラマではなくドキュメンタリーというのではないだろうか。
「いえそれが、全くの別ジャンルです」
「……?」
プロレスとは関係無い事柄で、自分たちを出演させてドラマを一本作りたい。
龍子には相手が一体何をしたいのか全くわからなかった。
WARSがアイドル集団とかならそういうのもアリかもしれないが、
とてもこの団体にはプロレスファン以外の一般層を引き付けるような知名度はない。
「何でも、プロデューサーさんが大のプロレスファンで、特にウチの大ファンだとか」
「ああ、そういう……。で、誰を出演させたいと?」
「ウチからはほぼ全員。あとは新女から吉原さんと市ヶ谷さんが」
「新女からも出るのか。何だか妙な人選だが……」
「新女のお二人は脇役だそうですから。ちなみに龍子さんが主役ですよ」
「私が……?」
龍子の頭の中の疑問符は増える一方であった。
プロレスとは無関係なオリジナルドラマの主役が、自分。
何をどう考えてそうなったのか、非常に不思議である。
それだけに、とりあえず話だけでも聞いてみようという気になった。
「また明日、先方がこちらにいらっしゃるということですので、
直に聞いてもらった方がいいと思います」
一人だけ企画の内容を知っているはずの小川は、何か言いかけた龍子を制してそう言った。
「あ、ただ一点だけ確認しておいて欲しいと言われていました。
龍子さん、乗馬の経験はありますか―――?」
乗馬、と、龍子はますます分からないといった表情を浮かべ、
石川も不思議そうに小首をかしげる。
しかし翌日、龍子たちは結局そのオファーを受けることになるのであった。

